「自律的に学べない人」はどこでつまずいているのか?
ざっくりのあらすじ
1. 企業内教育の課題: ワークプレイスラーニングと自律的な学びが求められる一方で、多くの現場で機能していない
2. 自己調整学習の重要性: 予見、遂行、省察の3段階を通じ、学習者が主体的に学ぶ仕組みが必要
3. ラーニングアナリティクスの活用: 学習データを収集・分析し、学習者や研修担当者が適切な意思決定を行うための手法として有効
4. 支援のポイント: 自己調整学習3段階の、どの段階でつまずいているかを把握し、個別の課題に応じたサポートを提供することで、自律的な学びを促進できる
社員に自律的に学んでほしいと願っているのに、なかなか思うように進まないと感じていませんか?
人材開発担当者やマネジャーの皆さんの多くが、次のような悩みを抱えているのではないでしょうか。
「現場が学びに対して受け身になっていて、自律的な取り組みにならない。」
「スキルが低い部下ほど、主体的にスキルアップに取り組む姿勢がなく、どんどん差が開いていく。」
「ワークプレイスラーニングを推進したいが、現場は業務に追われており、学びが後回しになっている。」
特に変化が激しい昨今のビジネス環境では、社員が自律的に学び、スキルをアップデートしていくことが肝要ですが、学習への動機づけや継続的な取り組みの推進は簡単ではありません。
では、どのようにすれば自律的な学びを促進できるのでしょうか?その鍵となるのが、自己調整学習とそれを支えるラーニングアナリティクスです。
(ご参考)
「研修」と「現場」の垣根をなくすワークプレイスラーニング
自己調整学習とは
自己調整学習(Self-Regulated Learning, SRL)は、学習者が自分の学びを計画し、実行し、振り返りながら改善するプロセスを指します。
このプロセスは、以下の3段階に分けられます。
1)予見の段階(Forethought Phase)
学習者が目標を設定し、それを達成するための学習戦略を計画します。
- 例:新製品に関する知識を2週間で習得する。
2)遂行コントロールの段階(Performance Phase)
計画に基づいて学習を実行し、自分の進捗や成果をモニタリングします。
- 例:eラーニングで毎日30分学習し、クイズで理解度をチェックする。
3)自己省察の段階(Self-Reflection Phase)
学習の成果を評価し、改善点を特定して次の学びに活かします。
- 例:学習成果を振り返り、理解が不十分な部分を再学習する。
このように、自己調整学習は学習者自身が主体的に行動し、自分の成長を管理するプロセスです。あなたの組織で、自律的な学びがうまくいっていないのであれば、学習者がどの段階でつまずいているかを特定し、支援策を検討する必要があります。
ラーニングアナリティクスとは
ラーニングアナリティクス(Learning Analytics)は、学習データを収集・分析し、その結果を基に学習者や研修担当者が意思決定を行うための手法や技術を指します。
ラーニングアナリティクスを活用すると、以下のような情報を可視化できます。
- 学習進捗状況:どのくらい学習が進んでいるか。
- 理解度:学習者がどの部分でつまずいているか。
- 学習行動:教材の視聴時間やクイズの解答履歴。
これにより、学習者一人ひとりの状況を詳細に把握し、個別化された学習支援が可能になります。また、データに基づくフィードバックをリアルタイムで提供することで、自己調整学習を促進する環境を整えることができます。
自己調整学習におけるラーニングアナリティクスの活用事例
ここでは、製薬会社のMR(Medical Representative)のセリングスキル育成における事例を紹介します。
■課題 製薬会社AのMRが医師に対して的確に製品の特徴を伝え、信頼関係を築くことが求められます。 しかし、MRのスキルや知識にばらつきがあり、一部のMRは学習への取り組みが消極的でした。 |
■解決策 ラーニングアナリティクスを活用した学習支援 |
1)予見の段階での活用:目標設定と計画立案
MRの過去の営業成績やスキル評価データを分析し、個別の学習目標を設定
例:「新薬Aのセリングスキル【課題形成】を1か月で●点から●点にスコアアップさせる」
過去のデータから、学習効果が高いeラーニングのコンテンツ「仮説思考」「質問技法」をレコメンド
2)遂行コントロールの段階での活用:進捗モニタリングと支援
eラーニングプラットフォームを通じて、MRの学習進捗をリアルタイムで追跡
例: 進捗が遅れているMRには、リマインダーを送信
学習データを分析し、つまずいている箇所を特定。補助教材「示唆質問をつくるコツ」をレコメンド
3)自己省察の段階での活用:成果の可視化と次のステップ提案
学習データを基に、MRの学習プロセスと学習成果を可視化
例:「月末は忙しくて学習時間を十分に取れなくなり、【課題形成】の目標スコアにあと一歩届かなかった」
振り返りセッションを実施し、次の目標設定と月末は時間を確保しづらいことを加味した計画を策定
自己調整学習におけるラーニングアナリティクス活用のポイント
ラーニングアナリティクスを効果的に活用するためには、以下のポイントを押さえることが重要です。
1)目標を明確にする
学習者と組織双方の目標を設定し、それに合致したデータ分析を行う。
2)プライバシーと信頼の確保
学習データの収集目的を透明化し、データの使用が学習者の成長を目的としていることを明確に伝える。
3)リアルタイムフィードバックを提供する
データを基に即時的なフィードバックを行い、学習者が軌道修正をしやすい環境を作る。
4)個別化された学習体験を提供する
学習者一人ひとりに合わせた教材やサポートを提供することで、自律的な学びを促進。
5)研修担当者やマネジャーを巻き込む
データを活用して研修担当者やマネジャーが適切な支援を行えるようにする。
ラーニングアナリティクスで自律的な学びを支援
自己調整学習を促進するには、学習者が自分の学びを管理できる環境を整えることが不可欠です。そのための強力な手段が、ラーニングアナリティクスです。製薬会社のMR育成の事例に見るように、データに基づいた個別支援やリアルタイムのフィードバックは、自律的な学びを促進します。
これからの企業内教育では、自己調整学習とラーニングアナリティクスを組み合わせることで、社員が主体的に成長し、組織全体のパフォーマンス向上に寄与する仕組みを構築することが求められます。
ワークプレイスラーニングを活性化するために、ラーニングアナリティクスを活用してみませんか?
執筆者プロフィール
荒木 恵 リープ株式会社 取締役・インストラクショナルデザイナー
ラーニングデザイナー (eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning マネージャー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning エキスパート (eLC認定 e-Learning Professional)、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、認定アクションラーニングコーチ、日本評価学会認定評価士、修士(教授システム学)、RCiS連携研究員
著書に「インストラクショナルデザイン 成果から逆算する“評価中心”の研修設計」がある。
趣味は温泉・秘湯・マッサージ巡り。(どこかおススメがあれば”こっそり”教えてください!)
教育に関わるデータの活用方法から、データに基づいた教育プランの設計まで、皆さんのお悩みをサポートしますので、お気軽にメッセージください。