戦略が腹落ちする組織をつくる ― 戦略理解度テストのススメ
ざっくりのあらすじ
1. 「伝わったか」を定量化する仕組みづくり(戦略理解度テストの設計と実施)が、組織の戦略実行力を引き上げる一手となる
2. 戦略は「伝える」だけでは不十分で、理解度を測らなければ社員への浸透度は分からない
3. 「ガニェの学習成果の5分類」を活用することで、社員の戦略理解を多面的に評価できる
4. 戦略理解度テストで“つまずきポイント”を可視化することが、マネジメント層の意識変革を促すきっかけとなる
5. 戦略理解度テストの設計プロセス自体が、戦略浸透を後押しする仕組みとなる
期初や半期のタイミング―戦略を「伝える」だけで終わっていませんか?
期初や半期の節目には、社員に向けて事業戦略を共有したり、ビジネスの進捗を振り返る機会が多くあります。
皆さんの組織では、時間と労力をかけて練り上げたその戦略を、どのように社員に届けていますか?
「全社会議として全社員を集めて、1日かけて説明している」
「オンラインミーティングで、本社から一斉に配信している」
「本社からマネジャーに伝えて、そこから部下へ展開している」
どれもよく耳にする取り組みですし、それ自体に問題があるわけではありません。
ただし、戦略を組織として実行に移してもらうためには、“伝えた”ことよりも、“伝わった”ことのほうが重要です。
せっかく立案したその戦略、社員には本当に理解されているのでしょうか?
——もし、少しでも不安を感じたなら、テストで「理解度を見える化」してみませんか?
今回は、戦略浸透の精度を高めるための手法として、「戦略理解度テスト」の活用についてご紹介します。
「伝わっているつもり!」を脱却するヒントが見つかるかもしれません。
ガニェの学習成果の5分類に沿った戦略理解度テスト設計

そう疑問に思われた方も多いのではないでしょうか?
テストと聞くと、つい知識の暗記を問うような“クイズ形式”を思い浮かべがちですが、実は戦略の理解も、学習の成果として捉えることができるのです。
ただし、戦略の“理解度”を正確に捉えるには、「どれだけ深く理解できているか」を測定する必要があります。
そこで役立つのが、インストラクショナルデザインの始祖とされるロバート・M・ガニェが提唱した「学習成果の5分類」です。
この理論では、学習成果を質的に5つのカテゴリーに分け、それぞれに応じた学び方や評価方法があることを示しています。
これを戦略の理解から実行までのプロセスに当てはめると、以下のように分類できます。
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この5分類に基づくと、以下のように多様な設問を織り交ぜて設計することで、戦略理解度を評価するテストが作成できます。
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このように、表面的な知識の有無ではなく、「どこでつまずいているのか」を立体的に把握することが可能になります。
戦略は“伝えた”だけでは不十分です。
誰に、どの深さまで伝わっているのかを見える化することで、次にとるべきアクションが明確になります。後続の施策にしっかりつなげるためにも、戦略理解度の評価には、ガニェの理論を活かした多面的なテスト設計が鍵になるのです。
戦略理解度テストの活用事例:製薬企業 X社の取り組み
ある製薬企業X社では、毎年の全社会議にて、製品戦略を全社員に向けて説明しています。
しかし、現場での戦略実行度にはチームや個人によってバラつきがあり、その原因として、社員の「戦略に対する理解の深さ」や「その戦略を実行することで成果が出るという確信」が不足しているのではないかという仮説が社内で立てられていました。
そこでX社では、営業部門を対象に「製品戦略の理解度テスト」を導入しました。
このテストは、半期に一度、全社会議で発表された製品戦略の内容をもとにWEBテスト形式で実施され、以下のように多角的な活用がなされています。
X社の活用ポイント
X社の活用事例 | 狙い |
部門・エリア別の理解度を可視化し、マネジャーにフィードバック | 組織内での戦略理解の「偏り」を見える化するため |
理解度が低いチームに対して、1on1面談やワークショップを実施 | 上司と部下の対話を通じて、戦略の「腹落ち感」を深めるため |
戦略理解度と営業成果の相関を分析し、マネジャーの納得感を強化 | データで「戦略実行と成果のつながり」を実証するため |
このように、テストを単なる知識の確認ツールにとどめるのではなく、戦略の“浸透度”と“成果への影響”の両面を把握する仕組みとして活用することで、マネジメント層の意識変革を促すきっかけとなっています。
戦略は「伝える」だけではなく、「伝わる」「理解される」「実行される」ことが重要であることは言うまでもありませんが、戦略の理解度をテストで可視化することは、そのプロセスを支援する強力なツールになり得るのです。
テスト設計プロセス自体が、戦略浸透を促進する
この取り組みを通じて見えてきたのは、「戦略理解度テスト」は単なる“結果を測るツール”ではなく、その設計プロセス自体が戦略浸透を後押しする仕組みである、ということです。
具体的には、以下のような効果が期待できます。
- 設問作成を通じて、戦略の本質を言語化できる
→ 経営企画部や戦略策定チームが「何を一番伝えたいのか」を明確に整理する機会になる
- 戦略の伝え方の“ばらつき”が可視化される
→ 現場マネジャーによって強調するポイントや伝達方法が異なる実態が明らかになる
- 現場の“解釈のズレ”を修正するヒントが得られる
→ 同じ戦略でも受け取り方に違いがあることを前提に、効果的な補足や支援策を検討できる
戦略は「伝えた」で終わりじゃない。「伝わったか」を見える化しよう
社員に対して、商品知識はテストで理解度を確認しているのに、最も重要な“戦略”の理解については、曖昧なままになっていませんか?
どれだけ優れた戦略を描いても、それが社員一人ひとりに正しく伝わり、日々の行動に反映されなければ、成果にはつながりません。
戦略実行の出発点は、「戦略が組織にきちんと伝わっていること」です。
「なんとなく伝わっている気がする」ではなく、学習成果の性質に沿ったテスト設計の手法を活用することで、戦略の浸透度を客観的に、定量的に把握することが可能です。
あなたの組織でも、「戦略理解度テスト」を通じて、「伝わったかどうか」を可視化することで、組織全体の“戦略実行力”を一歩前に進めてみませんか?
執筆者プロフィール
荒木 恵 リープ株式会社 取締役・インストラクショナルデザイナー
ラーニングデザイナー (eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning マネージャー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning エキスパート (eLC認定 e-Learning Professional)、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、認定アクションラーニングコーチ、日本評価学会認定評価士、修士(教授システム学)、RCiS連携研究員
著書に「インストラクショナルデザイン 成果から逆算する“評価中心”の研修設計」がある
趣味は温泉・秘湯・マッサージ巡り。(どこかおススメがあれば”こっそり”教えてください!)
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