研修の効果を現場で測れていますか?「レベル3」の壁を超える

インストラクショナルデザイン, フレームワーク, 人材育成, 教育設計, 教育評価, 研修効果

ざっくりのあらすじ
1. 研修効果を測るうえで、行動変容(レベル3)の評価は見過ごされがちである
2. 現場からの協力を得られない、リソース不足という理由でレベル3の検証が難しいケースが多い

3. 企画段階からレベル3を意識した研修設計を行うことが、行動変容の測定と促進につながる
4. 研修前後での「行動の変化」を捉える仕組みづくりが、研修の本当の価値を可視化する

研修後のアンケートやテストには力を入れているけれど、受講者が現場に戻った後の行動変化の評価となると、出来ていないケースも多いのではないでしょうか?
実際に、行動変容の評価をするにも「リソースが不足している」「現場の協力が得られない」という声をよくお伺いします。

多くの研修担当者が、受講者が現場での行動にどのように変化したかを測定することに困難を感じています。この難題に取り組むには、研修の効果測定の段階を理解し、適切な戦略を持って進むことが不可欠です!

そこで本コラムでは、研修の効果測定の理論を学び、とりわけ重要な「行動変容」の評価を実現する手段を一緒に探っていきたいと思います。

研修の効果測定の実践方法

インストラクショナルデザインの理論の一つに、「カークパトリックの4段階評価モデル」という、研修や教育プログラムの効果を4つのレベルで評価するフレームワークがあります。
研修の効果測定は、この図にある通り、受講者アンケート(レベル1 反応)や事後テスト(レベル2 学習)だけではなく、その先の行動や結果を測定していくことが重要であるとされています。

カークパトリックの4段階評価モデル

事後テストの様なレベル2までであれば、研修中に効果測定が可能であるため、実施する企業も多くあるかと思います。しかし、レベル3以降は現場に戻ってからの効果測定になることから、実施する難易度が大きく上がります。

でも研修は何のために実施しているのか(Why)を考えると、研修の目的にあたる「レベル3」以降の効果測定を実施しないのは、筆者のようなインストラクショナルデザイナーからするとかなり片手落ちな印象です。

「研修は組織の目標にどのような効果をもたらしたのか?(レベル4 結果)」は市場環境や戦略などの要因があるため、効果検証が複雑になる分野になりますが、少なくとも研修担当者として「研修で目標としていた知識・スキルが身についたか?(レベル2 学習)」、「研修で習得した知識・スキルを現場に戻って業務に活かしたか?(レベル3 行動)」については、企画段階から視野に入れておく必要があります。

ご参考:
カークパトリックの4段階評価モデル:研修はテストとアンケートの両方でしっかり効果測定しよう!
インストラクショナルデザインとは:インストラクショナルデザイン ~教え方にはルールがある!?~

「レベル3 行動」の効果測定が難しい理由

「そんなことは言われなくてもわかってるよ…やりたいけどできないんだよ…」そんな研修担当者の心の声が聞こえてきそうです。
組織においてレベル3を阻む障壁には大きく2パターンあります。

その1.現場の協力が得られない

レベル3の効果測定を実行するためには、営業部長、支店長、所長など現場に関わるステークホルダーの協力が必要になります。

しかし、「この前の研修だって稼働時間を削って参加させてやったのに、これ以上現場の稼働を邪魔するようなことはしないで欲しい…」
こんな空気を滲み出させているステークホルダーに対して「研修で学んだことを使っているかどうか、インタビューさせてもらえませんか?」と申し出るには、腰が引けてしまうのです。

その2.研修部にリソースがない

年間で決まっている研修のオペレーションをまわすことで精一杯で、現場に出向いて調査するリソースがない…こんな声もお聞きします。

研修部門への人員配置の考え方は組織によって方針が異なる部分は大きいと思いますが、いずれにしても研修の中で完結できるレベル1-2とは異なり、レベル3は受講者が現場に戻ってからの行動を掴む必要があることから多くのリソースが必要になり、二の足を踏んでしまいます。

成果につながる研修は、企画の時点で決まっている!

ここからは具体的に、前章で「行動変容の評価が難しい理由」として挙げた2つの問題がなぜ生じるのかを深堀りしていきます。

その1.「現場が協力してくれない」問題を考える

現場はなぜ行動変容の検証に協力してくれないのでしょうか?
現場で起きている困り事を解決するための研修であれば、研修で学んだ事を現場で実行しているかは、ステークホルダーである営業部長、支店長、所長などのマネジメント層にとっては大きな関心事になるはずです。

その研修は現場の問題を解決する研修になっていますか?
ステークホルダーである営業部長、支店長、所長と現場の問題が解決する研修であるのか、事前にすり合わせができていますか?
その職場で起きている問題は、誰もがイメージできるくらい「解像度」の高いものとして共有されていますか?
「顧客ニーズがつかめていない」のように、一般的で抽象的になっていませんか?

慣習的に行われている研修にも注意しましょう。
「なくても正直困らないけど、まぁ、あってもいいかな」程度の研修であれば、現場が受講を後回しにしたり、受講しても行動変容に至らないのは想像に難くありません。
企画した研修に対して「これについて、めちゃ現場で困っている!なんとかして解決したい!」と思ってもらい、「これを解決したら売上につながりそうだ…!」という期待感を感じてもらえていますか?

また、研修が終わってから突然現場に行こうとはしていませんか?
何事も後出しだと煙たがられてしまいがちです。しかし、研修前にステークホルダーから現場ニーズをヒアリングする、課題感をすり合わせるといった機会を作っておけば、研修自体に巻き込むこともできますし、レベル3で現場に行っても抵抗される…なんてことにはならないはずです。加えてトレーニングゴールやワークで取り扱う事例の解像度も高めることができる、つまり研修自体の質を上げることができるのです。

ついつい「レベル2があってレベル3がある」という積み上げ式の思考になってはいませんか?
本来は、「レベル3を捉えてからレベル2を設定する」という出口からのブレイクダウンで研修を企画しなくてはいけません。

レベル3をどのように測定・評価するかを研修企画時にしっかりステークホルダーと握っておくことで、「現場が協力してくれない」という問題は回避できる可能性がぐっと高まります。

その2.「研修部にリソースがない」問題を考える

レベル3を検証するためには「現場にインタビューにいかねば…」「同行して観察しなくては…」とレベル3を厳密にしようとして、結果的に全く手を付けられていない…ということになっていませんか?

もちろん受講者と同行して現場での様子を観察したり、インタビューをするに越したことはないのですが、上司である所長や受講者本人にアンケートを行って、研修での学びを現場で活用できているか、できていないのであれば何に困っているのかについて抽出する方法もあります。

もう少しリソースをかけられるのであれば、アンケートでスクリーニングをかけて、その結果から気になる人にオンラインインタビューを組み合わせることもできます。自己申告のアンケートではどの程度の確からしさがあるのか不安という方も多いかもしれませんが、レベル3のハードルを上げて全く何もしないよりは、現場へのリマインド効果が期待できるアンケートはあった方が良いでしょう。

また、レベル3の検証は、リープのような外部調査期間にアウトソースする方法もあります。
「毎回の研修にそこまで費用をかけられない」という方も多いかもしれませんが、研修は本来、連続性があるものです。ということは、ある研修のレベル3の調査は、次に予定している研修前に行うべき「ニーズ分析」になります。研修設計のすべて起点になるニーズ分析としてデータを活用できることを考えると、コスパは結構良いはずです!(宣伝です)

こんな風に考えると障壁を乗り越えてレベル3にトライするだけの価値は絶対にあると思いませんか?

事例紹介:製薬会社 K社のマネージャー向けコーチング研修

製薬会社 K社で、マネージャー層を対象に「1on1の質を高める」ことを目的としたコーチング研修を実施しました。
受講したマネージャー達の反応は良好で、「レベル1・反応」「レベル2・学習」の効果は明らかでした。

しかし、レベル3―「実際に現場で1on1のやり方が変わったのか?」「部下との関係やマネジメントの質に変化があったのか?」という点については、検証をうまく行うことが出来ませんでした。

なぜレベル3が測定できなかったのか?

当初、製薬会社 K社では、以下のような理由からマネージャーのコーチング研修において、レベル3の測定・検証ができませんでした。

  • 多忙なマネージャーたちから研修後のアンケートやヒアリングに協力してもらう時間が取れなかった
  • 部下側からのフィードバックも収集できず、実際に1on1のスタイルや関係性に変化があったのか、情報が乏しかった
  • 現場マネジメント層との事前のすり合わせがなかったため、研修後に突然「変化を見せてください」と言われても、現場側にとっては負担感が強かった

改善策

以降、同様の研修では、企画段階からレベル3の測定を見据えて、以下のように設計しました。

  • 事前に事業部長や営業部長と「この研修でどんな変化を現場に起こしたいか」をすり合わせ、1on1改善が現場課題の解決につながることを明確化した
  • コーチングを受ける部下からの簡易フィードバックシート(匿名)を用意し、1on1の変化を定点観測できるしくみを導入した
  • 研修を受講したマネージャーには研修後1ヶ月以内にTeamsのチャットをつくり、現場での実践報告や困っている事の投稿を促すことで、行動の定着をサポートした
  • 研修終了後2ヶ月で、数名のマネージャーを選抜しフォローアップインタビューを実施。アンケートで変化が大きかった層に絞り、効率的にインサイトを得る運用に変更した

結果

これにより、K社では以下の成果を得ることが出来ました。

  • 受講したマネージャーのうち約8割が「研修で学んだコーチングスキルを1on1で意識して活用している」と回答した
  • 部下からのフィードバックでも「1on1でマネージャーが話をしっかり聞いてくれるようになった」「以前よりも話しやすくなった」といったポジティブなコメントが複数得られた
  • レベル3の効果測定が可視化できたことで、現場側の納得感や協力姿勢も強まり、次回の研修実施がこれまでに比べてスムーズになった

まとめ:「レベル3 行動」は“企画時点”で考える

ここまで読んでいただいたあなたは、もうお気づきのはずです。
レベル3は研修が終わってから考えるものではなく、「研修を企画する段階」でこそ真っ先に考えるべきものなのです。

研修担当者が企画段階でレベル3を捉え、現場の問題の解像度を上げて研修に臨むことは、現場と研修の間にある垣根をなくし研修自体の解像度を上げることになります。つまり、「レベル3を実施するのが難しい」と感じるということは、そもそも研修と現場のあいだに障壁があるサインなのかもしれません。

レベル3に踏み込むことは、その壁を越えて、現場とつながる第一歩です。
あなたも、その壁を一緒に崩しにいきませんか?


執筆者プロフィール

荒木 恵 リープ株式会社 取締役・インストラクショナルデザイナー 
ラーニングデザイナー (eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning マネージャー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning エキスパート (eLC認定 e-Learning Professional)、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、認定アクションラーニングコーチ、日本評価学会認定評価士、修士(教授システム学)、RCiS連携研究員
著書に「インストラクショナルデザイン 成果から逆算する“評価中心”の研修設計」がある
趣味は温泉・秘湯・マッサージ巡り。(どこかおススメがあれば”こっそり”教えてください!)
教育に関わるデータの活用方法から、データに基づいた教育プランの設計まで、皆さんのお悩みをサポートしますので、お気軽にメッセージください。

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