ざっくりのあらすじ
1. コーチングは研修で“学ぶ”だけでは定着せず、現場で“使える”仕組みづくりが必要
2. 実践されない背景には、「良いコーチングを受けたことがない」「振り返りの仕組みがない」「成果が見えない」の3つの壁がある

3. 製薬企業X社では、アセスメントとリフレクションを取り入れた半年間の仕組み化により、コーチングが現場で機能しはじめた
4. コーチングを現場に根づかせるには、「どこで・どうやって支援するか」の設計と、成功体験の見える化が鍵となる
5. コーチングは制度ではなく“文化”。人的資本経営の基盤として、日常で活かす仕掛けが求められている

人的資本経営の実現、社員のエンゲージメント向上、生産性の改善――
さまざまな組織課題の解決に向けて、「コーチング」の導入が進んでいます。

実際、多くの企業では、新任マネジャーやリーダー研修の中で、“コーチングの必要性”が説かれる機会も増えてきました。

しかし、こんな声も聞こえてきます。

「うちのマネジャー、部下育成に関しては個人差が大きい」
「コーチング研修は管理職になったときに一度だけ受けただけ」
「現場では“放置”か“指示命令”のどちらかになってしまっている…」

あなたの組織では、コーチングは“現場で”実践されていますか?
今回のコラムでは、コーチングが定着しない3つの理由を紐解きながら、「研修で学んだコーチング」が“文化として根づく”ための仕掛けをご紹介しています。

コーチング導入企業は増えても、現場で実践されない3つの理由

コーチングの具体的な進め方として、代表的な手法に「GROWモデル」があります。

これは次の4つのステップで構成されており、対話を通じて相手の目標達成を支援する枠組みです。
GROWモデルは、マネジャーが1on1の中で経験学習を促す問いかけや対話を展開できるようになるための、シンプルかつ実践的なフレームワークとして有効です。

実務経験の中で成長につながる「学び」のコツ

コーチング研修でGROWモデルを学んだことがある方は多いと思いますが、なぜ現場では実践されないのでしょうか。
現場でコーチングが実践されていない理由は大きく3つあります。

理由1:コーチングが必要な場面で、具体的な行動に落とし込めない

コーチングが定着しない最大の理由の一つに、「マネジャー自身が“良いコーチング”を受けたことがない」という構造的な課題があります。
受けたことがなければ、どんな場面で、何をすればいいか、具体的な行動がイメージできない。それが、実践されない最大の障壁となっているのです。

理由2:自分のコーチングに対する客観的なフィードバックを通じて内省する機会がない

加えて、マネジャーがコーチングスキルを習得するためには、自身のコーチングに対する客観的なフィードバックを通じたリフレクションが有効ですが、その機会が十分ではありません。
その結果、マネジャーは自分のやり方が固定化してしまい、コーチングスキルの“伸びしろ”に気づきにくい環境におかれていることも、その要因です。

理由3:コーチングでの成功体験がないと、労力をかけるインセンティブを感じない

マネジャーがコーチングを通じて部下の育成がうまくいったという成功体験を積む場がないと、時間と労力をかけてコーチングを実施するインセンティブが働きませんから、組織に定着しなくなります。

では、現場でコーチングを根づかせていくには、どうすればよいのでしょうか?
そのヒントが、製薬企業X社の実践事例にあります。

コーチング文化定着の事例:製薬企業X社の取り組み

製薬企業X社では、戦略遂行力がエリアごとに差分があるという組織課題を抱えていました。
その背景には、昨今のデジタルシフトの流れを受けて、従来のプロモーションのやり方を脱却しなくてはいけない状況があります。

そこでX社は営業部門、MR(医薬情報担当者)に対する戦略実行度とセリングスキルの向上をテーマに、半年間にわたるマネジャーを対象としたコーチング強化プログラムを導入しました。

このプログラムでは経験学習モデルの仕組み化を狙い、以下の3つを柱としています。

1. コーチング研修:マネジャーがコーチングスキルを発揮すべき“具体的な場面”にフォーカスした設計
2. スキルアセスメント:定期的にマネジャーのコーチングスキル、部下のセリングスキルを外部アセスメントで測定
3. 6ヵ月間のフォローアップ:アセスメント結果を用いた「具体的経験をする・内省する・教訓を引き出す・新しい状況に適応する」の仕組み化による“振り返り”支援

この約6ヵ月間のプログラムの結果、マネジャーの継続的なコーチングでMRのセリングスキルが育成され、組織課題であった戦略実行度のバラつきを小さくすることができました。

ご参考:
『経験学習モデル』を活用し、人の経験を“成果に変える”
あなたの部下は、経験を学びにつなげられていますか?
ラーニングコーチ ~部下の学びを促す戦略的なアプローチ~

現場でコーチングが実践されるために必要なポイント

コーチングを「現場で使えるもの」として根づかせるには、何が必要でしょうか?
X社の事例を踏まえると、インストラクショナルデザインの観点では、以下の3点が成功のカギといえます。

出口:「どの場面で、どのようにコーチングするか?」を明確にする

多くのコーチング研修は、理論やスキルの習得で終わってしまいます。
しかし実際にマネジャーが「どのような場面で」「どんな問いかけをすればいいか」まで具体化されていなければ、実践のハードルはぐんと上がります。
そこで、戦略実践・スキル育成など、マネジャーの介入が有効な“支援ポイント”を明確にした上で、具体的な行動の事例を活用した設計が求められます。

方略:アセスメントとリフレクションの仕組みを組み込む

マネジャー自身が「どこまでできているか」を客観的に知ることで、コーチングスキルは向上します。
また、部下の成長プロセスもアセスメントで可視化することで、支援の方向性を調整できるようになります。

多くのマネジャーは、日々忙しい中で「振り返り」を後回しにしがちです。
しかも、アセスメントのない状態では、「うまくいった気がする」「やれたかも」という曖昧な印象で終わってしまうことがあるのも実情です。
客観的なアセスメントがあることで、マネジャーは自身のコーチングスキルの“伸びしろ”に気づきやすくなり、成長のサイクルがまわりはじめる効果が期待できます。

方略・環境:成功体験を共有する場がある

MRのスキル向上や戦略実行度の改善がデータで可視化されると、マネジャー自身のコーチングへの納得感も高まります。
その結果、「自分たちの関与が、チームの成果を生んでいる」という実感が、マネジャーを育成の主体者へと変えていきます。

横展開できる成功事例が共有され、他のマネジャーも「自分にもできるかもしれない」と感じられるような場づくりも、定着のキーファクターとなります。

ブラックボックスになりがちなコーチングを“見える化”してみませんか?

コーチングを現場で機能させるには、「理論」だけではなく、「どの場面で、どう使うか」までを具体化する必要があります。
そのためには以下が必要です。

 支援すべき“場面”の特定
 マネジャーのスキルと部下のスキルのアセスメント
 成果につながるプロセスの可視化
 振り返りを“曖昧な自己評価”にしないための仕組みづくり

人的資本経営において、人材育成は“制度”ではなく、“文化”です。
あなたの組織でも、コーチングを「ビジネスを成功させる武器」として活用するための第一歩、踏み出してみませんか?

コーチングを定着させる仕組みづくりや、アセスメントは是非、リープにご相談ください!


執筆者プロフィール

荒木 恵 リープ株式会社 取締役・インストラクショナルデザイナー 
ラーニングデザイナー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning マネージャー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning エキスパート (eLC認定 e-Learning Professional)、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、認定アクションラーニングコーチ、日本評価学会認定評価士、修士(教授システム学)、RCiS連携研究員
著書に「インストラクショナルデザイン 成果から逆算する“評価中心”の研修設計」がある
趣味は温泉・秘湯・マッサージ巡り。(どこかおススメがあれば”こっそり”教えてください!)
教育に関わるデータの活用方法から、データに基づいた教育プランの設計まで、皆さんのお悩みをサポートしますので、お気軽にメッセージください。

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