OJTの効果が出ない原因と改善法〜人的資本ROIを最大化する組織戦略〜

OJT, コーチング, フレームワーク, マネジメント, 人材育成, 学習支援, 教育設計

ざっくりのあらすじ
1. OJTは人的資本投資の大部分を占めるが、部下に行動変容が起きていないケースが多い
2. 戦略のないOJT、教育への投資不足、振り返りの時間が確保されない、あいまいな評価基準により、社員の経験が学びに変換されない状況が生まれている

3. 経験学習モデルのサイクルを意識的に回し、適切な課題とフィードバックを与えることが重要
4. ルーブリック活用による成長の可視化が、OJTの真の価値を引き出し人的資本ROIを最大化する

走るビジネスマンと上昇する矢印のイラスト

「OJTを実施しても現場で活かせていない」
「OJTで経験を積んでも思うようにスキルが向上していない」

──こうしたOJTによる人材育成の課題を抱える企業が多い中、従業員のスキルレベルが向上し、成果を上げている企業もあります。
本記事では、OJTの効果を上げ、従業員のスキルを向上させるために活用できる理論と押さえるべきポイントについて解説します。

日本におけるOJTの機会費用の実際

内閣府の調査によると、日本におけるOJT機会費用(OJT、OFF-JTに費やした時間を賃金(時給)により金額換算した値)は人的資本投資額の 64%程度*となっています。この調査結果からも人的資本の投資額の中でOJTの占める割合が高いことが読み取れます。

しかし、多くの企業が多額のOJTの機会費用を費やしているにもかかわらず、「効果が出ていない」ケースも散見され、OJTの運用を見直す企業が増えています。

*参考: 平成30年度 年次経済財政報告 第2章 人生100年時代の人材と働き方 2 企業における人的資本投資の効果 p173より
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je18/pdf/p02022.pdf

なぜ、OJTが機能しないのか?

まずは、自社のOJTが機能しているか簡単なチェックをしてみましょう。

OJT効果診断チェックリスト

□ 新人に「とりあえず先輩の背中を見てやってみて」と言っている
□ 指導者向けの研修(コーチング等)を実施していない
□ 日次の振り返り時間を設けていない
□ 評価基準が「なんとなく」「上司の主観的な基準」になっている

✓3個以上:改善が急務
✓1-2個:部分的改善が必要
✓0個:現在の取り組みを継続

多くの企業が抱えているOJTの問題点

実は、多くの企業が、以下の様なOJTの問題点を抱えています。

  1. 戦略なき「現場丸投げ」のOJT体制
    体系的な人材育成計画がされておらず、現場に判断をゆだねている状態。「とりあえず現場に配属して、先輩の仕事を見て覚えてもらう」ことが常となっていて、結果的に部署間/エリア間でスキルの格差が生まれ、組織全体の競争力が向上しない
  2. 指導者育成への投資不足
    優秀な実務者を指導者に登用するものの、マネジメントスキルやコーチングスキル習得への投資が十分でにできていない状態で、OJTで有効な指導ができておらず、「できる部下・後輩」の育成につながっていない。
  3. OJTの振り返りの時間が確保されていない
    日々の業務に追われ、経験を学びに変換する仕組みがない状態。単純な仕事経験の蓄積だけでは、スキル向上に限界がある。
  4. OJTの評価基準が曖昧
    「何ができるようになれば良いか」が不明確で、投資対効果を測定できていない状態。人材教育のPDCAが回らない。

参考:人材育成のPDCAとも言われる「ADDIEモデル」については、こちらの記事もご覧ください
インストラクショナルデザインことはじめ 『ADDIEモデル』

貴社でも同じようなOJTの問題を抱えている場合は、是非この先も読み進めてみてください。

競合他社に差をつける「戦略的OJT」の実装

これらの問題を解決するために活用できる理論が「経験学習モデル」です。

経験学習モデルは、アメリカの教育学者 デイビッド・コルブによって提唱された理論で、単純な経験の積み重ねではなく、「経験→振り返り→概念化→実験」の4段階サイクルを組織的に回すことで、OJTの効果をさらに引き出す可能性が高まります。

経験学習モデルの図

参考:経験学習モデルについて詳しくは、こちらの記事もご覧ください。
『経験学習モデル』を活用し、人の経験を“成果に変える”
あなたの部下は、経験を学びにつなげられていますか?

OJTで指導者・上司が守るべき「3つの条件」

先にお伝えした経験学習モデルのサイクルはを意識しているのに結果が出ていないと感じる方も多いかもしれません。実は、それには理由があります。

経験学習モデルのサイクルを回して個人が成長するためには、スウェーデンの心理学者、アンダース・エリクソンらが提唱した「よく考えられた実践(deliberate practice)」の3つの条件も満たされていることが大切であると言われています。*

* 参考:松尾睦. 職場が生きる人が育つ 経験学習 入門. ダイヤモンド社, 2011 p59-p62 

① 課題が適度に難しく、明確であること
② 実行した結果についてフィードバックがあること
③ 誤りを修正する機会があること

つまり、少し背伸びすればできるくらいの目標を持って実践した結果について、誰かから適切なフィードバックを得て、また次のチャレンジを行う機会が与えられるという事が大切になります。

経験学習モデルのサイクルを回していても社員の成長が見られない場合は、この条件についても一度確認してみることをおススメします。

ラグビー名監督 平尾誠二氏の指導法

ここで、今も人材育成にも多くの示唆を与えている、ラグビーの名監督だった故・平尾誠二氏のコーチとしてのアドバイスの方法をご紹介します。

平尾氏は、教えることを1つか2つに絞り、できるだけ簡略して伝えていたそうです。また、頑張ったらできることしか言わず、それができたら状況が激変したことを必ず本人が実感できるようにしていたといいます。

これを嚙み砕くと以下のように言えます。

・教えることを1つか2つに絞る
・頑張ったらできることしか言わない
 ⇒課題を明確にし、適度に難しい課題を与えている

それができたら状況が激変したことを、必ず本人が実感できる
⇒フィードバックが明確で、誤りを修正する機会がある

OJTの効果を高める「ルーブリック」活用法

アンダース・エリクソンらが唱えた3つの条件①「課題が適度に難しく、明確であること」②「実行した結果についてフィードバックがあること」③「誤りを修正する機会があること」は文字にすると大変シンプルに感じます。

しかし、実際には適切なフィードバックをしたり、適度に難しく明確な課題を社員に提示したりすることは難易度が高いと感じるマネジメント層も多いと思います。
そこで、活用したいのが「ルーブリック」を用いたスキル評価です。

参考:ルーブリックについて詳しくはこちらの記事をご覧ください。
パフォーマンスの状態を可視化できる評価指標「ルーブリック」

ルーブリックを使って「適切な」経験学習モデルのサイクルを回す

ルーブリックとは、教育の中でも主にパフォーマンス系(例:商談のロールプレイ)の学習成果を評価するツールで、学習者の理解度や技能の到達度を測るだけではなく、現状を把握し理解するための指標です。

このルーブリックを活用することでエリクソンらの3つの条件を満たしながら経験学習モデルのサイクルを回すことが可能になります。
以下は、営業担当者の鈴木さんの商談スキルトレーニングの事例です。ぜひエリクソンらの3つの条件との対応を考えながら目を通してみてください!

(例)ルーブリックを用いた経験学習モデルのサイクルの回し方

ロールプレイ

B社の鈴木さんは、2か月間の商談スキルのトレーニングとして、2週間に1度マネージャーとロールプレイを行うことになりました。

鈴木さんの初回のロールプレイでの「訪問目的の伝達」(下図の項目1)の評価は、「レベル3:本日話すポイントを絞って伝えており、話を聞こうと思える訪問目的であった」でした。

マネージャーはこの初回ロールプレイについて鈴木さんに、「顧客に対して基本的な訪問目的を伝えられている(レベル3)」こと、しかしながら「顧客がより話を聞きたいと思えるような面談の入り方にまではいたっていなかった」ことを、ルーブリックの「レベル4:前回の商談を引き継ぐなど、顧客にとって有益となる訪問目的を端的に伝えており顧客の興味を確認していた」を引き合いにフィードバックしました。この結果を受けて、鈴木さんとマネージャーは、次回2週間後のロールプレイでの目標を「訪問目的の伝達」で「レベル4」の達成としました。

鈴木さんは、「レベル4」をクリアするために、顧客との面談の際にしっかりと対話内容を記録したうえで、次の面談ではどのような情報提供をすべきか先輩やマネージャーと相談しながら準備し、鈴木さんが伝えたい目的が顧客にしっかり伝わるように練習を重ねました。

2回目のロールプレイで鈴木さんは、「訪問目的の伝達」について無事に「レベル4」の評価を得ることが出来ました。

ルーブリックは、社員の現状のパフォーマンスを評価できるだけでなく、次に目指すべき目標を具体的に明示できます(条件①)。
また、評価の判断基準が明確に記載されているために現状や目標をフィードバックしやすく、継続した指導育成においても軸がぶれずにパフォーマンスや課題を把握できます(条件②)。
定期的にルーブリックを用いてスキルを評価する機会を作ることで(条件③)、エリクソンらが唱えた3つの条件を満たしやすくなり、効果的に経験学習モデルのサイクルを回すことに繋がるといえます。

従来のOJTと経験学習モデル&ルーブリックを用いたOJTの比較

項目 従来のOJT 経験学習モデル&ルーブリック活用型OJT
指導方法 先輩の姿を見て覚える 経験学習モデル4段階のサイクルで体系的
振り返り なし/不定期 定期的に実施
評価基準 主観的 構造化されたルーブリックで明確
成長実感 実感が得られにくい 可視化され、実感が得やすい

ルーブリックを用いて社員のスキル評価を実施し、経験学習モデルのサイクルを回して成果をだされた企業の事例もございます。
以下よりダウンロードいただけますので、是非ご覧ください。

事例をみてみる

まとめ:OJTの投資効果を最大化するために

変化の激しい現代において、人的資本は企業の最も重要な競争要素の一つです。
今回の記事でご紹介した、OJTの投資効果を最大化するためのポイント、つまり上司などの指導者がOJTで意識すべきポイントを改めてまとめると、以下のようになります。

  1. 明確で適度な課題設定
  2. 定期的な振り返りの時間確保
  3. 即座で構造的かつ具体的なフィードバック
  4. ルーブリックを活用した成長の可視化

これらを実践することで、OJTの投資効果を最大化し、従業員の成長速度を劇的に向上させることができます。
しかし、理論を理解していても、実際の現場での実装には様々な課題が生じることがあります。

「自社の状況に合わせた具体的な進め方が分からない」
「マネジメント層の理解を得るのが難しい」
「ルーブリック作成の具体的な手順を知りたい」

このような自社組織への実装に関するご質問や、人材育成に関するお悩みがございましたら、お気軽にリープまでご相談ください。
これまでに得られたデータや知見をもとに、貴社の状況に合わせたアドバイスをご提供いたします。

執筆者プロフィール

平林 幸子 リープ株式会社 カスタマーエンゲージメント事業部 
主にデジタルマーケティングを担当。
リープ入社後、ゼロからインストラクショナルデザイン(ID)を学び、時々コラムの執筆もさせていただいています。
ID初心者の方に寄り添ってご相談に乗れるかと思いますので、お気軽にご連絡ください。
趣味は凧揚げ(季節問わず)。実は少林寺拳法黒帯です。

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