成果を決める”設計”──戦略と戦術をつなぐ「理解度」という視点
ざっくりのあらすじ
1. 環境変化により、戦略を戦術に落とし込む設計と組織の理解力が成果を左右する時代になっている
2. 戦略・戦術・実行の三層構造において、戦術層(面談設計・導入・展開)の組織的な設計も不可欠である
3. 成果を上げる企業は戦略の粒度が細かく、セグメント別の面談モデルを本社が設計し現場に徹底している
4. 戦略理解度・実行度調査で、設計の精度・理解の共有度・実装の一貫性を可視化し、成果の再現性を高めることができる
製薬企業の営業現場から、こんな話をよく伺います。
「情報も伝えた。オブジェクションハンドリングもばっちり。でも医師の処方意向は動かない。」
指示されているアクションが結果に結びつかない。
この“もどかしさ”の正体は、MRのスキル不足ではなく、
戦略を情報提供に落とし込んだ戦術と現場組織の理解力にあるのかもしれません。
導入の切り口、探索の深さ、話題の展開――これらを意図的に“設計”しない限り、どれほど優秀なMRであっても、安定した成果を出すことは難しい時代になっています。

戦略と実行のあいだに何が起きているのか
かつては、数多くのMRによる大量の訪問活動で成果が出た時代がありました。
しかし、医療環境の複雑化、情報の氾濫、医師の多忙化といった変化の中で、そのようなアプローチは時代遅れであり、不十分になってきています。
多くの企業では、マーケティング部門がブランドプランを描き、戦略に落とし込み、現場の営業組織が戦術を練り、それを実行します。
シンプルな構造に見えますが、概ね以下のような三層構造でカスケードされています。
- 戦略層: 本社が描く方針・ターゲティング・メッセージング
- 戦術層: 戦略を現場で使える単位に翻訳したもの(面談設計・導入・展開・分岐)
- 実行層: MRが日々の面談で実際に行う活動

従来、この戦術層や実行層は現場の裁量に委ねられていることが多いのではないでしょうか。
しかし、環境が複雑化した今、現場を取り仕切る所長や個々のMRの経験・力量に依存するだけでは、再現性のある成果を生み出すことが難しくなっています。
弊社では、所長の戦略(戦術)理解やスキルレベル、MRの戦略(戦術)理解やスキルレベルを調査していますが、確かにばらつきが大きいのも現実であり、本社も悩まれているのではないでしょうか。
現場の戦術とは、戦略を実行可能なプロセスに変換したものです。
たとえば「大学病院の医師に高リスク患者に新薬を提案する」という戦略があったとき、
「どんな導入で医師の関心を引くか」
「どんな順序でデータを示すか」
「想定される懸念にどう応じるか」
といった面談の設計図も戦術になります。
セグメントごとに面談モデルを設計し、反応に応じた分岐を用意する。
この作業を組織的に行うことが、これからの時代に求められています。
見えないリスク ──「誤解の徹底」が起きていませんか?
さらに、組織が大きくなるほど深刻化するのが、こんなケースです。
「戦略が、誤解されたまま現場で“徹底”されている。」
本社の意図が所長・マネジャー層に伝わる過程でズレが生じ、さらに現場の担当者も独自の解釈のまま活動する。
こうなると、どれほど緻密な戦略も機能しません。むしろ、誤った理解が組織的に強化されてしまいます。
「伝わらない」よりも怖いのは、「誤解されたまま徹底される」こと。
これは、研修を増やしても解決できない構造的な課題です。

戦略の“粒度”という新しい競争軸
一方で、近年成果を上げ始めている企業には、ある共通点があります。
それは、戦略の粒度の細かさです。本社で戦術レベルまでモデル化し、セグメントごとの面談の進め方に至るまで、現場のMRに徹底するような取り組みがなされています。
彼らは「戦略=方針」では終わらせません。
ターゲットセグメントごとに、どんな導入から入り、どんな臨床課題を掘り下げ、どのデータを提示して、どのような反応を想定するか――これらをストーリーとして構造化しています。
その結果、現場の迷いが減り、どのエリア・担当者でも再現性の高い活動が実現しています。
こうした企業では、MRのスキルは「個人の力量」としてだけでなく、組織のスキル傾向を汲み取り、適切に設計された戦術を正確に実装する力として機能しているのです。
面談の戦術に合わせることで、スキル教育も容易になります。
抽象的なスキル学習ではなく、特定の戦術を行うために発揮するスキルであるため、複雑性が減るのです。
今、競争の軸が変わってきているように感じます。
どの企業が「優秀なMRを持っているか」から、「精緻な戦術設計を持っているか」へ。
教育と設計──どちらを先に整えるべきか?
「教育に力を入れても成果が出ない」という悩みは、多くの企業に共通しています。
しかし、HPI(Human Performance Improvement)という組織の成果向上を目指すアプローチでは、教育介入の前に取り組むべきは、業務設計・資材・ツール・戦術設計といった仕組みの見直しです。
土台となる戦術設計が整っていない状態で教育を強化しても、効果は限定的です。
戦略を精緻に、そして具体的に戦術に落とし込むことで、初めてスキル教育のレバレッジが効きます。
つまり、「教育と戦略を切り離さず、ひとつの設計体系として捉える」こと。
これが、これからの時代に求められる“戦略的人材開発”の考え方です。
新しいアプローチ──戦略理解度・実行度を測る
こうした背景から、私たちは「戦略理解度調査/戦略実行度調査」という新しい取り組みを進めています。
これは、従来のスキル評価とは異なり、戦略の理解度と実行度、そしてその行動の質を可視化するものです。
測定の軸は以下の4点です。
- 設計の精度: ターゲティング、問題提起、反応分岐、資材設計の一貫性
- 理解の共有度: 本社→マネジャー→MR間の意図のズレ、誤解の箇所
- 実装の一貫性: 面談プロセスの順序遵守、トピック使用率、分岐の傾向
- 成果との連関: 処方意向・採用率などKGI指標との相関
これらを定期的にモニタリングすることで、戦略と戦術、そして実行度の「ズレ」を早期に補正し、成果の再現性を高めることができます。
まさに、戦略とスキルの“答え合わせ”を行う仕組みです。
「理解度の設計」が競争力になる時代
戦略を描く力。
それを現場で戦術に翻訳する力。
そして、意図を正しく理解し、実行へと落とし込む力。
この三つの輪が噛み合ってこそ、戦略は成果へと変わります。
いま業界に求められているのは、戦略が正しく理解され、正しく実行される仕組みを設計することです。
これからの人材開発は、単なる教育ではなく「理解設計」を中核に据える必要があるでしょう。
戦略理解度・実行度の可視化は、その第一歩。
戦略と戦術をつなぐ“理解”こそが、成果を生み出す組織の新しい競争力になる――私たちはそう考えています。
執筆者プロフィール

堀 貴史 リープ株式会社代表取締役・パフォーマンスアナリスト
一般財団法人生涯学習開発財団 認定コーチ、認定アクションラーニングコーチ、
CompTIA CTT+ Classroom Trainer、CompTIA Project+、創造技術修士(専門職)
パンダやクマ、甘いものが大好きです。みんなに健康を心配されていますが、、、元気です!