2026.05.11

事例 / 教育設計 / 教育評価

「手を抜いてもいい?」―”教えること”の本質とは?

「まな板の鯉になってもらいます」
そんな言葉とともにはじまった、東京都立産業技術大学院大学(AIIT)のFD(ファカルティ・ディベロップメント)フォーラム。

今回は、AIITでベストプロフェッサーアワードを7度受賞してきた越水重臣 教授にインタビューをさせていただき、インストラクショナルデザイン(ID)からもたらされた気づき、そして社会人教育に求められる「教えることの本質」を探ります。

越水重臣 教授

今回お話をお伺いししたのは…

越水 重臣(こしみず しげおみ)先生

東京都立産業技術大学院大学(AIIT) 教授。1989年慶應義塾大学理工学研究科修士課程修了後、イーストマン・コダック(ジャパン)を経て、静岡理工科大学助手・助教授、2008年より現職、2014年より教授。日本機械学会、品質工学会、品質管理学会所属。著書に『バーチャル実験で体得する実践・品質工学(共著)』(日刊工業新聞社)。AIITベストプロフェッサーアワード受賞7回。

📘 インストラクショナルデザイン(ID)とは?

教育を中心とした学習活動の効果・効率・魅力を高めることを目指したシステム的なアプローチに関する方法論の総称です。もともとは軍や企業の研修設計で発展した方法論であり、海外の高等教育機関や企業の人材育成においても広く用いられています。
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📘 ファカルティ・ディベロップメント(FD)とは?

大学教員が授業内容・方法を改善・向上させるための組織的な取り組みです。具体的には、相互授業参観、研修会、授業評価などの活動を通じて教育の質を高めるもので、日本の大学では義務化されています。
出典:文部科学省 大学教員のファカルティ・ディベロップメントについて

FDフォーラムで取り組んだ事前課題を見せてくださる越水先生(右奥)

FDフォーラムで取り組んだ事前課題を見せてくださる越水先生(右奥)

 

社会人大学という学びの現場で、なぜ「ID」に着目したのか?

東京都立産業技術大学院大学(以下AIIT)は、社会人が大半を占める専門職大学院です。品質工学・信頼性工学を専門とする越水先生は、研究と教育の両立はどの教員にとっても大きなテーマである一方、授業設計についての体系的な学びを深める機会は大学教員のキャリアのなかではなかなか得にくいと感じていました。

そんな思いがあり、AIITのFD委員会(ファカルティディベロップメント委員会)では、ここ2年ほど「大人の学び」をテーマにFDフォーラムを継続してきました。2025年9月にはリープ株式会社の荒木がIDワークショップを担当し、その約半年後となる2026年3月に、IDの第一人者、鈴木克明教授(武蔵野大学響学開発センター教授・センター長、熊本大学名誉教授)を招いた2回目のFDフォーラムをオンラインミーティングで実施しました。

「まな板の鯉」になる?―対話形式のFDフォーラム

鈴木克明先生は、参加教員が事前に記入した「授業点検ワークシート」をもとに一対一で対話しながらフィードバックを行うスタイルでFDフォーラムを進めました。これまでAIITでは講師によるセミナー形式が主流となっており、講師と対話する形式は初めてだったそうです。

鈴木先生から「まな板の鯉になってください」という掛け声で最初に俎上に乗ったのは越水先生でした。その後60人の多様な学生が受講するAIの授業を受け持つ先生、そして実務家教員としてデータマネジメントを教える先生の計3名が授業設計についてのフィードバックを受けました。

鈴木先生からのフィードバックの一例

60人という多様で多くの学生を受け持つ、AI関連の授業を担当する教員の方には「入り口と出口の設計が重要」というお話などがあり、14分野扱うデータマネジメントの授業を担当する教員の方には「共通する領域で3分野にまとめてみてはどうか?」といった、鈴木先生からの的確なアドバイスが次々と出てきたと言います。

FDフォーラム後の参加者へのアンケートでは「人の事例を聞くのがすごく学びになる」「対話形式で進むというのは初めて」という声が多くあがっていました。

効率化は「手抜き」ではない―インストラクショナルデザイン(ID)が変える授業設計の発想

越水先生は、今回のFDフォーラムを振り返り「効率的な授業を設計するという考え方はとても新鮮でした」と言います。以下、鈴木先生から越水先生へのフィードバックの内容の一部をご紹介します。

① 事前テストで「すでに知っていること」を把握する―TOTEモデルの活用―

AIITで学ぶ学生は、一般の大学とは違って社会人の学生が多く、ほぼ一律に高校を卒業して入学してくる学生が多い大学とは状況が異なります。FDフォーラムの中で鈴木先生から示された「TOTEモデル」の考え方を受けて、越水先生はこう語ります。

フォーラムのアンケートの回答に「効率的な授業を設計するという考え方が新鮮でした。テストから始めるというのも参考になりました。」というコメントがありました。事前テストを実施し、分かっている授業やオンデマンド動画を見なくてもよい。多様なバックグラウンドを持つ社会人が学ぶ場だからこそ、事前テストを使って授業を組み立てるというのは確かにそうだなと思いました。

📘 TOTEモデル

TOTEモデルとは、IDでも活用される重要な概念の一つで、人材育成の鍵となる理論です。ある特定のゴールをめざして進む時に、常にゴールに達したかどうかをチェックしながら作業を進めることを図式化したモデルです。

TOTEモデル

企業教育の場面でも、すでにその内容を知っている人がいるのに、全員に同じ研修・インプットをすることは非効率的と言えます。事前テストを実施して「誰がどこまで知っているか」を把握することは、学習効果を高めるための重要な考え方です。

(参考)TOTEモデルについては以下の記事もご覧ください
『TOTEモデル』で人材育成を変革! 何度もチャレンジできる職場環境を作り、成長を支援する

② 最終評価は「複数の評価方法を組み合わせる」

越水先生は、複数のレポートと発表を複合的に評価するスタイルをとっています。これに対して鈴木先生は「最終試験一発勝負になってしまうと、その時しか勉強しない人が多くなる」と越水先生の評価方法を支持しました。20名程度のクラスが多いAIITだからこそ、多様な評価方法が取り入れられると越水先生は言います。

③ 教育の「効率化」—同期(リアル)と非同期(オンデマンド)の組み合わせ—

AIITでは、社会人の方が職業を持ちながら学修することができるようインターネットに接続できる環境があれば、どこでも受講することができるハイフレックス型授業が積極的に展開されています。そのため、越水先生はかねてより、オンライン・対面によるリアルタイム授業とオンデマンド動画を組み合わせた授業設計を実践していました。

一方で越水先生は、オンデマンド動画を用意して「これを見てください」と言うことについて、教員として「手を抜いている」ような気持ちを抱いていたそうです。

しかしそんな気持ちを払拭するかのように、鈴木先生からは、同期(リアルタイム)と非同期(オンデマンド)をうまく組み合わせて学習者が主体的に学べる設計こそが重要だというフィードバックがありました。

実際、越水先生が指導をした修了生からはオンデマンドに対する苦情は一切なく、「授業の組み合わせが絶妙だった」という声があがっているということです。

省力化・効率化こそIDの本質

省力化・効率化は「手抜き」ではなく「教育工学」の本質です。インストラクショナルデザイン(ID)は、その教育工学の中核をなす考え方であり、「効果的・効率的・魅力的な学習をどう設計するか」を体系的に追求するものです。

FDフォーラムを振り返って越水先生はこのようにお話してくださいました。

「工学とは、効率を求めるという意味です。大学の授業も、教育工学的に考えなければならない。そう気づいてから、自分がやってきたことは間違っていなかったんだという確信が出てきました。」

IDは、大学だけの話ではない

インタビュー終盤で、越水先生は企業で研修講師を務める知人の方のお話を例に、このようにIDの可能性について語ってくださいました。

「企業で研修講師をやっている知人は、IDをはじめさまざまな教育理論を当たり前のように活用しています。今回のFDフォーラムを経て、改めてIDの考え方の広がりや可能性を感じました。こういう体系的な授業設計の視点は、もっと多くの教育の場に取り入れられてほしいですね」

IDの考え方は教えることを専門にする人だけにとどまらず、企業などの現場で教え・育てる立場にあるすべての人に関わる考え方です。越水先生はこう続けます。

「上司が部下に接する時の指示の出し方も、基本的な考え方はIDと同じかもしれませんね。すでに知っていることをまた教える必要はないとか、相手の状況に応じた伝え方をするとか。IDの考え方は色々な場面で利用できそうです」

「教え方の設計」を、勘や経験から「工学」へ

今回のインタビューで越水先生にお話いただいたように、IDは、教育を「効果的・効率的」そして「魅力的」にするための強力な武器となります。

リープではIDの理論に基づいた「組織の教育設計の最適化」をご支援しています。
あなたの組織の教育の課題を明確にしたい、どこから手をつければよいかわからないという方も、ぜひお気軽にご相談・お問い合わせください。

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