2026.05.13
パフォーマンス評価・設計 / 人材育成 / 教育設計 / 教育評価
「商品を売る」時代が終わった現在、必要とされる人材育成とは
ざっくりのあらすじ
1. インターネットなどの発達で企業と顧客の情報格差が消滅し、単なる「物売り」ではなく顧客の問題解決に伴走する「コト売り」への転換が、業界を問わず求められている
2. 製薬業界では「患者中心(ペイシェント・セントリシティ)」が重視されているが、理念として掲げるだけで、現場の「具体的なスキル」に落とし込めていない企業が多い
3. この壁にぶつかっていた製薬企業A社は、研修を抜本的に見直し、論理的に課題を紐解く「論証構造」と、患者の背景を深く捉える「POS(仮説思考)」のトレーニングを導入した
4. A社が成果を出した最大の要因は「ルーブリック」を用いた客観的な評価とフィードバックの継続にあり、学習者自身が現在地を把握して改善を繰り返すサイクルがスキルの定着を加速させた
インターネットやAIの発達により、企業と顧客の情報格差がなくなった現在、「物売りからコト売りへ」という言葉の通り、自社の製品を売るだけではなく、顧客の体験や問題解決に重きを置く流れが業界を問わず定着しています。
しかし、顧客の体験の創造や問題解決を実行できる人材をどう育てるべきか、頭を悩ませている企業は少なくありません。
このような変化のなかで「人を育てる」という営みは、何をどう変えるべきなのでしょうか。今回は、製薬業界の事例を軸にあらためて考えてみたいと思います。
「ペイシェント・セントリシティ(患者中心)」は単なる「標語」ではない
製薬業界のMR(医薬情報担当者)は医師のもとを訪問し、自社の医薬品について情報提供を行います。
ひと昔前、多くのMRにとって最も大切だったのは、製品のエビデンスを正確に、わかりやすく伝えることでした。つまり、「うちの薬はここが優れています」を、いかに説得力をもって語ることが出来るかが重要とされていました。
ところが現在は、現場で評価されるMR像はかつての姿から変わってきています。
昨今、製薬業界では「ペイシェント・セントリシティ(Patient Centricity、患者中心)」という言葉が一般的になりました。この言葉が使われはじめた当初は、「また新しい標語ができたのか?」と感じた方もいたかもしれません。
しかし、リープがこれまで行ってきたハイパフォーマー分析では、患者さんの状況を起点にしたディテーリング(医師への情報提供や提案など)ができるMR、つまり「ペイシェント・セントリシティ」を実行した群の方が薬剤中心のディテーリングを実行した群よりも医師の前向きな反応が得られる確率が有意に高いことが確認できています。
「患者中心」は、単なる標語やきれいごとではなく、成果にも直結することがデータからも読み取れるようになっています。
様々な業界における、構造の変化
このような話は、製薬企業に限定されたものではありません。少し視野を広げてみると、たとえば金融業界でもほぼ同じ構造の変化が起きています。
銀行や証券、保険などの営業担当者は、かつて「いま会社が推している商品をいかに売るか」が仕事の中心で、投資信託、保険、外貨預金などの販売売上で評価され、商品知識で差がつく世界でした。
しかし、2010年代の後半あたりから、「ゴールベース・アプローチ(目標から逆算して考える資産運用の方法)」という考え方が広がり始めました。
いま金融業界で必要とされているのは、お客さまの人生のゴール——教育資金、老後の暮らし、住宅、介護——を丁寧に聴き取って、そこから逆算して資産形成のプランを一緒に組み立てていくような、人生設計に伴走するアドバイザーです。
製薬業界の「薬剤中心」から「患者中心」そして、金融業界の「商品ベース」から「ゴールベース」は、言葉は違いますが、起きていることの構造は同じといえそうです。
そしてこの流れは、この2つの業界に限った話でもありません。以下Saasや自動車など業界を問わず同じ変化が起こっています。
| 業界 | かつて実施していたこと | 顧客から、現在求められていること |
| 製薬(MR) | 製品のエビデンスを正確に伝える | 患者の困りごとを起点に、医師と治療方針を一緒に考える |
| 金融 | 自社が推す金融商品を販売する | 顧客の人生のゴールから逆算し、資産形成に伴走する |
| SaaS・IT | ソフトウェアの機能を説明して導入してもらう | 顧客が自社ツールで成果を出せるよう、継続的に支援する(カスタマーサクセス) |
| 自動車 | 車のスペックや性能で選んでもらう | 移動体験を通じて、顧客の生活がどう豊かになるかを提案する |
「自分たちの製品やサービスをどう伝えるか」から、「目の前の人が何に困っているかを理解し、その問題を一緒に解決する」へ——業界を問わず、重心が移っています。
共通する背景には、情報の非対称性が崩れ、商品そのものの差が縮まっていることが挙げられます。
顧客がインターネットやAIでいくらでも情報を取れる時代に、自社の製品やサービスを「正しく伝える」だけでは専門家としての価値を十分に発揮して価値を提供できている、とはいえなくなりました。
「この人は自分のことを本当に理解している」と実感してもらえることも、選ばれる理由に大きく影響する時代となっています。
このような社会の変化の中で「顧客中心が大事だ」と会社が理念として掲げるのは、そこまで難しくありません。しかし、それを現場のスキルに落とし込めている企業は稀です。その壁を突破したのが、次に紹介するA社の事例です
製薬企業A社の事例
A社の背景・課題
- A社は製品の特性を正確に伝える「薬剤中心」のディテーリングで実績のある企業でした
- 一方で、専門性の高い疾患領域において、個々の症例に深く向き合う必要がありました 。
- 従来のやり方では成果が出ない、という壁に突き当たっており、「患者に寄り添う」という理念を、現場でどう実践するか「具体的なスキル」が定義されていませんでした。
A社の取り組み
A社は、研修の中身を少し手直しするのではなく、育成の仕組みそのものを抜本的に改革し、リープと協働しインストラクショナルデザインに基づくプログラムを導入しました。
このプログラムには3つの柱があります。
1.「論証構造トレーニング」
専門性の高い疾患領域においては製品知識だけではなく、より高いアウトプットスキルがMRに求められるようになっています。
患者の背景という『正解のない複雑な情報』を扱うからこそ、医師に納得してもらうためには、事実に基づいた筋の通った論理(論証構造)が必要とされます。
ロジカルに、筋の通った医師との対話に欠かせないのが「論証構造」です。

医師との対話を通して得られた「事実・事実情報」から「主張・結論」をただ述べるのではなく、しっかりとアンメットな課題を顕在化し、その課題解決のソリューションとその「理由・妥当性」を伝えることで、より納得感のあるディテーリングが実施できるようになります。
その力を高めるためのソリューションがリープの「論証構造トレーニング」です。
2.「POSトレーニング」
論証構造トレーニングを通じて浮かび上がったA社の課題は「仮説思考」の弱さでした。正確な情報伝達には長けていた反面、限られた情報から「患者さんの背後にある困りごと」を推測する力が不足していたのです。
そこでA社が患者さんの困りごとを表面的にとらえるのではなく、心理的・社会的背景も考慮して深く理解する力が必要を養うために導入したのが「POSトレーニング」でした。

POSとは医療従事者が実践する「Problem Oriente Systeme(問題思考システム)」を意味し、患者問題を全人的に捉える思考プロセスです。
POSトレーニングを通じて、A社のMRは患者さんの困りごとに対する仮説を立て、その仮説に基づいた対話を進めるスキルを養いました。
3.ルーブリックによる評価とフィードバック
本プログラムでは、ロールプレイの評価にリープの「ルーブリック」を使用しました。ルーブリックとは、対話の質を段階的に言語化し、数値化する評価指標です。

「良かった・悪かった」という曖昧なフィードバックではなく、「いま自分は5段階のどこにいるのか」「次に何を伸ばせば1段階上がれるのか」を、MR自身が客観的に把握することができます。ロールプレイを録画し、文字起こしして改善点を抽出し、フィードバックを受けるサイクルを繰り返すなかで、自分の課題と向き合い改善していく仕組みを作っていきました。
プログラム導入後のA社の変化
プログラム修了後は、A社のMRの多くが患者さんの具体的な状況に踏み込み、患者さんを主語とした対話を医師と行うことが出来るようになりました。その結果、医師との共通認識が生まれ、信頼関係も深まりました。
外部調査機関によりMRの情報提供活動に対する満足度調査も初めて1位を獲得し、医師からの評価が高まりました。
まとめ 評価とフィードバックの継続がスキルの成長を加速する
A社で成果が出た要因は、ルーブリックを用いた評価とフィードバックをプログラムを通じて継続して実施していたことにあります。
ルーブリックを活用することで、MRが自分自身で課題や成長を確認することができ、その結果スキルと行動の定着が実現しました。
これは、インストラクショナルデザインのTOTEモデルに基づいたサイクルとなっており、学習者であるMR自身が常に自分の現在地を把握し、目標に向けて軌道修正出来たわかりやすい事例でもあります。
https://www.leapkk.co.jp/2020/12/17/thomas-alva-edison/
リープでは、今回のA社の事例のようなインストラクショナルデザインに基づいた組織の抜本的な教育改革はもちろん、「まずは今の研修のどこを改善すべきか知りたい」といった現状の仕組みへのアドバイスも行っております。
「うちの会社でも同じようなことができるだろうか?」といった、現状の課題に対する“壁打ち”ベースでのご相談も大歓迎です。
理論にもとづいた人材育成の仕組みづくりについて、まずはお気軽にお問い合わせください。
