2026.07.07

HPI / インストラクショナルデザイン / ギャップ分析 / コーチング / パフォーマンス評価・設計 / フレームワーク / 人材育成 / 教育設計 / 研修効果 / 評価基準

「予算がないから」は本当か?―研修企画で陥りがちな2つの罠と処方箋

ざっくりのあらすじ 1.  研修企画が却下される背景には「思い込みの研修」「やりっぱなしの研修」という罠がある
2. それぞれの罠には、HPIによる原因分析やルーブリック実装という明確な処方箋がある
3. HPIとIDという2つの科学的アプローチを武器にすることで、研修担当者は経営の「戦略的パートナー」になれる

「一生懸命考えた研修企画を部長に説明したら、あっさり却下された」
「『今期は業績が厳しいから、人材育成関係の予算はすべて見送る』と言われてしまった」

人事や研修担当者の方から、こうしたご相談をいただくことは少なくありません。ステークホルダーから「今は予算がなくて」と断られると、多くの担当者は「やはり予算の壁は高い」と諦めがちです。

しかし、本当に研修企画が却下された理由は「予算」なのでしょうか?

多くの企業でインストラクショナルデザイン(ID)の実装支援を行ってきた経験からお伝えすると、承認されない研修企画には、共通した「罠」があります。そして、それぞれに明確な処方箋があります。

本稿では、特に多くみられる2つの罠と処方箋を解説します。

なぜ、あなたの研修企画は却下されるのか—よくある2つの罠

研修企画書がステークホルダーの心に響かないとき、多くの場合、企画の中身ではなく「ビジネス上の説得ロジック」に問題があります。承認されない企画には、以下の罠が潜んでいることが少なくありません。

罠①:研修が現場で起きている問題の解決策になっていない(思い込みの研修)

担当者が「若手にはこのスキルが必要だ」という思い込みからスタートしている企画。
現場責任者から見ると、「その研修をやって、現場の何が変わるのか」がわからないため、承認する理由が見つかりません。

罠②:研修の効果検証の計画が盛り込まれていない(研修がやりっぱなし)

研修の効果測定を実施していない、研修が単発で終わるなど、研修後の行動変容を後押しする仕組みが設計に含まれていない企画は、「無駄撃ち」を警戒するステークホルダーには承認されません。

処方箋①――「思い込み」を「ビジネスゴールからの逆算」に切り替える

「最近の若手はコミュニケーション力が低いから、傾聴スキル研修を実施しよう」
このように、担当者の思い込みを起点にした企画は、現場責任者には響きません。

現場責任者は、日々のオペレーションの中で、パフォーマンスギャップの原因が多層的であることを肌で知っています。だからこそ、”研修ありき”で組まれた企画には冷ややかな反応を返すのです。

HPI(Human Performance Improvement)では、現場のパフォーマンス問題のうち、研修で解決できるのは全体の20%以下と言われています。

つまり、「若手のコミュ力が低い」という現象の裏側には、残りの80%である”若手のスキル不足”以外の原因が眠っている可能性のほうが高いのです。

ここを確認せずに「では傾聴研修を」と提案すると、現場責任者は「その研修をやって、現場の何が変わるのか?」と感じます。

まずHPIで、”本当に研修で解決すべき問題か否か”を診断する

受け入れられる研修企画の提案は、研修の中身を語る前に、「そもそも、この課題は研修で解決すべき問題なのか?」を原因を分析するプロセスを踏んでいます。この考え方が、HPIです。

HPIとは、パフォーマンスが出ない原因を、多角的に分析し、教育以外の打ち手も含めて解決策を設計するアプローチです。具体的には、次のような視点で原因分析を行います。

環境的な支援と資源、ツール例)信頼性の高いデータ、参考資料ツール、教材、ジョブエイド、テクノロジーお、コンピューター、機器、用品、十分な予算、仕事にふさわしい場所、健康ウエルネス、組織設計など
構造 / プロセス例)業務のシステムやプロセス、マネジメントサポート、役割や機体のわかりやすさ、意味のあるミッションステートメント、など
データ、情報、フィードバック例)上司のフィードバック(コーチング)、同僚からの支援(メンタリング)、顧客からのフィードバックなど
スキルと知識例)仕事を行うために知っておく必要があること、できなければならないこと(フォーマルなトレーニングで担える範囲の机上の物)
個人の知的能力例)仕事にもたらす個人的な資質(能力)、経歴、学歴、業務経験、採用選考基準など
結果、インセンティブ、報酬例)インセンティブ、褒章、ボーナス、業績に応じた給与、雇用保障、ポジション(職位)、昇級、業務評価システム

HPIの視点で原因分析を実施することで、パフォーマンスギャップの原因が「研修で解決できる領域」と「教育以外の打ち手が必要な領域」に切り分けられます。

そのうえで、研修が有効な領域に絞って提案する――これが、現場責任者を納得させる提案の出発点です。

現場責任者への教育・研修企画の説明例

ここで、現場の責任者に教育・研修企画を説明する場面を想定して、罠に陥っているNGな説明例と処方箋を取り入れた説明例をご紹介しますので、参考にしてください。

❌ NG(手段から語る)
「若手社員のプレゼン能力を高めるため、来月に2日間のプレゼンテーション研修を企画しました。ぜひ現場のメンバーを参加させてください」

⭕ OK(HPIで診断してから提案する)
「若手社員の商談着地率が低いという課題について、まず現場で何が起きているのかを分析しました。10名の若手にヒアリングと商談同席を行った結果、パフォーマンスギャップの原因は3つに整理できました。①顧客の課題を引き出す質問スキルの不足(スキル要因)、②CRMに顧客情報が蓄積されておらず事前準備ができない(ツール要因)、③上司との案件レビューの機会が月1回しかなく軌道修正が遅れる(マネジメント要因)。このうち、研修で解決できるのは①のみです。②と③については、CRMの入力ルール整備と、上司との週次1on1導入を別途ご提案します。研修は①に絞り、『顧客の課題を引き出す質問行動』を身につけるプログラムをご提案します。」

罠①への処方箋のまとめ

罠①への処方箋は、「思い込み」で研修を提案する前に、HPIで原因を分析し、”研修で解決できる領域”と”それ以外の打ち手が必要な領域”を切り分けること。

研修は、パフォーマンス改善の全体像の中の一部でしかありません――この視点を持って提案をしてみましょう。

処方箋②――「効果測定」の実施で「やりっぱなし研修」から脱却

「この前も研修やったけど、あれって効果あったんだっけ?」

ステークホルダーからこう問われたとき、研修担当者が答えに詰まってしまう原因は、効果検証の計画が企画に組み込まれていないことにあります。

研修終了直後の受講者アンケート(満足度)だけで評価が完結する研修企画は、経営層から見ると成果が見えない、ブラックボックスとみなされる可能性があります。

カークパトリックの4段階評価モデルで、測定計画を組み込む

インストラクショナルデザインの理論の一つに、「カークパトリックの4段階評価モデル」という、研修や教育プログラムの効果を4つのレベルで評価するフレームワークがあります。

カークパトリックの4段階評価モデル

研修の効果測定は、上の図にある通り、受講者アンケート(レベル1 反応)や事後テスト(レベル2 学習)だけではなく、その先の行動や結果を測定していくことが重要であるとされています。

可能であれば、レベル4の投資対効果(ROI)を試算した数値を添えることで、経営層は研修企画実施の妥当性を判断しやすくなります

▼参考記事
研修はテストとアンケートの両方でしっかり効果測定しよう!(カークパトリックの4段階評価モデル)
トレーニングのコスパを考える!「ROI」という視点

ルーブリックを “対話の共通言語” にして、1on1に埋め込む

ルーブリックとは、各評価項目と各々の評価基準を明確に定義したものをマトリクス表で示した評価指標です。教育の中でも、主にパフォーマンス系の学習成果を評価する際に用いられ、学習者の理解度や技能の到達度を測り、現状を把握し理解することができます。

ルーブリックを用いることで、研修担当者と現場の上司が同じ物差しを持てるようになり、以下のような研修設計が可能になります。

例)
研修担当者:ルーブリックのレベル3(合格点)到達を目標にトレーニングを実施する
現場の上司:既存の1on1の場で、上司がコーチング的に関わる。その対話の共通言語としてルーブリックを用いる

研修が終わった後も、例えば日々の営業社員のロールプレイの際に上司が「今回の商談は、この項目のどのレベルだったと自分では思う?」「レベル3に上がるには、次に何をやっていくとよいと思う?」と、コーチング的な関わりの中でルーブリックを”対話の地図”として使うところまで設計して初めて、部下の行動変容が起こります。

逆に言えば、上司のコーチングスキルが十分でないと、ルーブリックはただの評価表になってしまいます。

そのため、研修設計と並行して、現場上司のコーチングスキルの現状把握・向上策までを射程に入れることが、罠②を本質的に回避する道筋になります。

現場上司への教育・研修の説明例

❌ NG(現場に丸投げ)
「若手社員の商談スキル向上のため、2日間の研修を企画しました。研修が終わりましたら受講レポートを共有しますので、その後の育成は現場のOJTでご指導をよろしくお願いいたします」

⭕ OK(1on1に対話の共通言語を埋め込む)
「研修設計の前段階で、現場リーダーの皆様に『顧客の課題を引き出す行動』の合格水準を言語化していただき、ルーブリックを作成しました。研修では、このルーブリックのレベル3の到達を目標にトレーニングを行います。研修後は、皆様が既に実施されている1on1の場で、このルーブリックを”対話の共通言語”としてコーチングにお使いいただき、スキル向上のご支援をお願いします」

罠②への処方箋のまとめ

罠②への処方箋は、カークパトリックの4段階評価モデルで研修の効果を評価し、既存の1on1の場に、コーチング的な関わりと、対話の共通言語であるルーブリックを埋め込むこと。

インストラクショナルデザイン(ID)で使われるカークパトリックの4段階評価モデルなどのフレームワークやルーブリックといった評価指標を上手に使いましょう。

コーチング

HPIとIDで教育・研修担当者は経営の「戦略的パートナー」になる

今回ご紹介した処方箋の背景には、企業教育における2つの科学的アプローチがあります。

HPI(Human Performance Improvement)
ATD(Association for Talent Development アメリカの世界最大の人材・組織開発に関する会員制組織)が推奨する、経営課題を人材軸で解決するためのシステム的な成果創出方法であり、ビジネス起点での逆算: 組織のビジネスゴール(事業目標)パフォーマンスゴール(職務行動)ギャップを明らかにし、そもそも何をトレーニングするべきなのか、あるいはトレーニング以外の施策が必要なのかを整理することができます。
インストラクショナルデザイン(ID)
「教育や学習活動の効果・効率・魅力を高めること」を目的としたシステム的なアプローチで、HPIによって「知識やスキルの不足」が課題の原因であると特定された際、具体的な研修などの育成施策をどのように効果的に設計するかを考えるために用いられます。

この2つを武器に持てば、人事・研修担当者は「毎年恒例だから」でオペレーションを回す立場から一歩踏み出し、経営層や現場部門長と対等に交渉し、ビジネスを前進させる戦略的HRパートナーへと立ち位置を変えることができます。

「予算がなくて」と言われるのは、多くの場合、企画の設計に原因があります。陥りがちな罠を避け、処方箋を組み込む――それだけで、ステークホルダーの反応は変わってくるかもしれません。

リープ株式会社は、HPIおよびインストラクショナルデザイン(ID)に基づき、多くの企業の営業・管理職育成のパフォーマンス評価・研修設計・戦略実行を支援しています。現場の上司のコーチングスキルの現状把握・向上策も含め、成果につながる企業教育をご検討の方は、お気軽にご相談ください。


執筆者プロフィール
 
 
 
平林 幸子
リープ株式会社 カスタマーエンゲージメント事業部

主にデジタルマーケティングを担当。
リープ入社後、ゼロからインストラクショナルデザイン(ID)を学び、時々コラムの執筆もさせていただいています。
 
ID初心者の方に寄り添ってご相談に乗れるかと思いますので、お気軽にご連絡ください。
趣味は凧揚げ(季節問わず)。実は少林寺拳法黒帯です。

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