2026.07.15
人材育成 / セミナーレポート / 事例 / 教育設計 / 教育評価
【セミナーレポート】HRカンファレンス2026春 ―杏林製薬に学ぶ、成果につながる人材育成の仕組み―
本セミナーレポートでは、この普遍的な問いに対し、教育工学の理論と杏林製薬のリアルな実践から「上司から部下へ学びが連鎖し、自律的に育ち合う組織」の作り方を紐解いていきます。

ゲストスピーカー
狩野 京子氏
杏林製薬株式会社 医薬営業本部 学術部長。MRとして現場を経験後、くすり情報センターを経て、MR教育や人事部での人財育成に従事。会社人生の半分を人の育成に費やす。その後、営業所長を経て、2023年より学術部長に就任。現在では次世代を担う所長の育成にも注力している。

スピーカー/モデレーター
堀 貴史
リープ株式会社 代表取締役/パフォーマンスアナリスト。外資系製薬企業などでMR、マネジャー、マーケティング・事業企画部部長を経て、大学院で感性工学を学び、自然言語処理による対話モデルや教育デザインを研究。AIBET教育イノベーター、一般財団法人生涯学習開発財団認定コーチ、日本AL協会認定アクションラーニングコーチ。
人材育成は「儲け」に直結しているか?
近年、「人的資本経営」の広がりにより、人材を資源ではなく資本として捉え、リスキリングや学び直しへ投資する企業が増えています。
しかし、セミナー冒頭でリープ株式会社の堀が参加者に「人材育成が事業の儲けに直結している手応えはあるか?」と問いかけると、多くの企業が「ない」あるいは「実感を持てていない」と回答しました。

さらに、「人材育成の成果を検証・評価する仕組みがあるか?」という問いに対しても、約半数が「ない」と答える結果となりました。

教育が本当に成果に効いているかは、測らなければ分かりません。だからこそ堀は、教育と成果をつなぐ「評価を軸にしたグランドデザイン」の重要性を説きます。
その物差しとなるのが「カークパトリックの4段階評価モデル」です。

アンケートによる満足度(レベル1)、学習の習得度(レベル2)、現場での活用度(レベル3)、業績への貢献度(レベル4)という階段の中で、現実的な鍵となるのは「レベル2とレベル3をいかに捉えるか」です。
堀がエアコンの温度管理を例に挙げて説明したのが「TOTE(トート、トーテ)モデル」の考え方です。エアコンが設定温度(あるべき姿)と室温(現状)のギャップを測り続けて自動でオンオフを切り替えるように、人材育成も「評価によるチェックとフィードバック」を連続させることで成長をコントロールできるといいます。

堀が強調したのは、この仕組みを現場に丸投げしないことです。評価データを本社(教育を実施する側)がしっかり把握し、現場をブラックボックス化させないことで、最適なタイミングでの介入が可能になります。
現場を動かす、「3つのこだわり」
リープでは、こうした評価とギャップを可視化し、上司と部下が共通認識を持ってコーチングを行える「SkillPalette®(スキルパレット)」というプラットフォームを提供しています。しかし、堀氏は「ツールは万能ではない。現場にどう魂を込めて提供し、落とし込んでいくかが重要だ」と釘を刺します。
では、「魂」をどう込めるのか。杏林製薬においてキャリアの半分以上を人材育成に注いできた狩野氏の実践に、その答えがありました。
人材育成は一足飛びにはいかないため、現場からは「パフォーマンス向上につながらない」と諦めのような声が上がりがちです。しかし狩野氏は「それは絶対に無視してはいけない感情」だとしたうえで、常に「受け手側の気づきをどう生み出し、生まれた気づきをどう育てるか」を軸に据え、以下の3つのこだわりに沿って改革を進めました。

こだわり①:本部の方針に“言葉”として組み込む
「なぜこんなことをしなければならないのか?」という現場の空気を「だからするのか!」に変えるため、狩野氏はまず、組織トップの本部長と何度も対話を重ねたといいます。
本部長の考えを深く理解し、自らが実施しようとする育成の意図との整合性を図ることで、最終的にスキル向上の取り組みが本部方針の言葉として組み込まれました。トップからの強いメッセージとして現場に届いたことに加え、本社からの発信も本部長の言葉に統一することで、強力な共通言語が生まれました。
こだわり②:育成体制の拡充
狩野氏は「関係者は多いほど良い」といいます。多い方がスキル浸透の速度が速くなるそうです。
人材育成をするとなると、本社から現場の上司(マネージャー)へ丸投げしてしまうことが多いのですが、狩野氏は、製薬会社ならではの「現場の教育担当者(知識教育担当)」を巻き込みました。
それだけではなく「本社」「現場の教育担当者」「上司」という3方向からアプローチする体制を整え、彼らを「同じタイミング」かつ「共通の用語」で教育したことで、営業担当者に対してブレのない育成が回る仕組みを構築しました。

こだわり③:関係者に「自分事」だと思わせる
上記の関係者を傍観者にさせないため、役割に応じた明確な数値目標を設定しました。
取り組みのスタート地点では、会社が求めるスキルレベルに達している社員はわずか8%に過ぎず、いわゆる「2:6:2の法則」の上位2割すら存在しない状態でした。
そこで「全社で上位2割を育成する」という目標を掲げ、各エリアの達成割合を横並びで共有しました。すると、3割を超えるエリアもあれば1割未満のエリアもあることが可視化され、現場の教育担当者の間に自然な競争意識が芽生え始めました。

この2割を達成した後は、何割という目標ではなく「全社でこれぐらいの人数を育成したい」というメッセージを出しました。すると、「全社で育成する人数の中に、自分たちが関わっている人間を何人入れ込んでいこうか」という意識が生まれます。現場の教育担当者の間には、自然と自律的に育成していこうという意識が芽生え、うまく回り始めました。
また、上司に対しては、営業担当者の正しい努力を後押しし、適切なフィードバックができるように、コーチングスキルを向上させる取り組みを行いました。
現場で様々なことを経験してきた上司は、経験則によるフィードバックが多くなりがちですが、コーチングにおいてはその癖を取り除きたいと考えました。
個別の癖に向き合い、目標となるレベルを明確にし、部下に正しい働きかけをするための1対1の集中的なトレーニングを実施しました。
想定外の好循環——最初に火がついたキーパーソンは?
狩野氏が描いたのは、現場の教育担当者と上司の両方向から営業担当者を育成する構図でした。しかし、現場で実際に起きた連鎖反応は、想定を大きく超えるものでした。
「一番最初に火がついたのは、現場の教育担当者でした」と狩野氏は振り返ります。
現場の教育担当者の意識が向上し、エリアの営業担当者のスキルが上がり始めると、今度は「上司」が焦り始めたのです。営業担当者が成長していく姿を目の当たりにした上司たちは、「自分たちも負けられない」と一気に本気でエンジンをふかし始め、コーチングスキル向上に取り組んだといいます。
本社が競争をけしかけたわけではありません。しかし、可視化されたデータと明確な目標が、結果として現場の教育担当者・営業担当者・上司という三者の間に良い意味での共鳴を生み出しました。現在では、強いメッセージを発信しなくても、目標を一つ投げるだけで組織が自律的に動き出す環境にまで成長しているといいます。
まとめ:評価を物差しに、自ら育つ組織へ
狩野氏は、取り組み自体に、特別なものはないといいます。評価という共通の物差しで「あるべき姿」と「現状」のギャップを可視化し、関係者がそれを自分事として捉えられる状態をつくる——突き詰めればその一点だったと言えます。その結果、強い号令がなくても、目標を一つ示すだけで現場が動き出す組織へと変わっていきました。
人材育成を「成果」につなげたいと考える企業にとって、今回の講演は、人材育成を「成果につながる仕組み」に変えるために何から始めればよいのか、それを考えるきっかけとなるのではないでしょうか。
人材育成を誰と、どこから始めるか、どんな評価を置くか——その答えは、組織の数だけ存在します。リープでは、評価設計から現場への導入・運用まで、一貫したご支援を行っています。ご興味をお持ちの方は、お気軽にご相談ください。