ざっくりのあらすじ 1.  研修企画が却下される背景には「思い込みの研修」「やりっぱなしの研修」「打ち上げ花火」という3つの罠がある
2. それぞれの罠には、HPIによる原因診断・ROI試算・1on1へのルーブリック実装という明確な処方箋がある
3. HPIとIDという2つの科学的アプローチを武器にすることで、研修担当者は経営の「戦略的パートナー」になれる

「一生懸命考えた研修企画を部長に説明したら、あっさり却下された」
「『今期は業績が厳しいから、人材育成関係の予算はすべて見送る』と言われてしまった」

人事や研修担当者の方から、こうしたご相談をいただくことは少なくありません。ステークホルダーから「今は予算がなくて」と断られると、多くの担当者は「やはり予算の壁は高い」と諦めがちです。

しかし、本当に研修企画が却下された理由は「予算」なのでしょうか?

多くの企業でインストラクショナルデザイン(ID)の実装支援を行ってきた経験からお伝えすると、承認されない研修企画には、共通した「3つの罠」があります。そして、それぞれに明確な処方箋があります。

本稿では、その3つの罠と処方箋を、現場・経営層・上司それぞれに刺さる具体的な説明例とともに解説します。

なぜ、あなたの研修企画は却下されるのか――3つの罠

研修企画書がステークホルダーの心に響かないとき、多くの場合、企画の中身ではなく「ビジネス上の説得ロジック」に問題があります。

承認されない企画には、以下の3つの罠が潜んでいることが少なくありません。

罠①:研修が現場で起きている問題の解決策になっていない(思い込みの研修)
担当者が「若手にはこのスキルが必要だ」という思い込みからスタートしている企画。
現場責任者から見ると、「その研修をやって、現場の何が変わるのか」がわからないため、承認する理由が見つかりません。
罠②:研修の効果検証の計画が盛り込まれていない(研修がやりっぱなし)
「前回の研修は効果があったのか?」というステークホルダーの疑問に、担当者自身が答えられないケース。
満足度アンケートしかない企画は、経営層から見ればブラックボックスです。
罠③:単発施策で終わっている(打ち上げ花火のような研修)
「1回研修しただけで人は変わらない」――これはまっとうな指摘です。研修後の行動変容を後押しする仕組みが設計に含まれていない企画は、「無駄撃ち」を警戒するステークホルダーには承認されません。

処方箋①――「思い込み」を「ビジネスゴールからの逆算」に切り替える

「最近の若手はコミュニケーション力が低いから、傾聴スキル研修を実施しよう」
このように、担当者の思い込みを起点にした企画は、現場責任者には響きません。

現場責任者は、日々のオペレーションの中で、パフォーマンスギャップの原因が多層的であることを肌で知っています。だからこそ、”研修ありき”で組まれた企画には冷ややかな反応を返すのです。

HPI(Human Performance Improvement)では、現場のパフォーマンス問題のうち、研修で解決できるのは全体の20%以下と言われています。

つまり、「若手のコミュ力が低い」という現象の裏側には、残りの80%である”若手のスキル不足”以外の原因が眠っている可能性のほうが高いのです。

ここを確認せずに「では傾聴研修を」と提案すると、現場責任者は「その研修をやって、現場の何が変わるのか?」と感じます。

まずHPIで、”本当に研修で解決すべき問題か否か”を診断する

受け入れられる研修企画の提案は、研修の中身を語る前に、「そもそも、この課題は研修で解決すべき問題なのか?」を原因を分析するプロセスを踏んでいます。この考え方が、HPIです。

HPIとは、パフォーマンスが出ない原因を、多角的に分析し、教育以外の打ち手も含めて解決策を設計するアプローチです。具体的には、次のような視点で原因分析を行います。

環境的な支援と資源、ツール例)信頼性の高いデータ、参考資料ツール、教材、ジョブエイド、テクノロジーお、コンピューター、機器、用品、十分な予算、仕事にふさわしい場所、健康ウエルネス、組織設計など
構造 / プロセス例)業務のシステムやプロセス、マネジメントサポート、役割や機体のわかりやすさ、意味のあるミッションステートメント、など
データ、情報、フィードバック例)上司のフィードバック(コーチング)、同僚からの支援(メンタリング)、顧客からのフィードバックなど
スキルと知識例)仕事を行うために知っておく必要があること、できなければならないこと(フォーマルなトレーニングで担える範囲の机上の物)
個人の知的能力例)仕事にもたらす個人的な資質(能力)、経歴、学歴、業務経験、採用選考基準など
結果、インセンティブ、報酬例)インセンティブ、褒章、ボーナス、業績に応じた給与、雇用保障、ポジション(職位)、昇級、業務評価システム

HPIの視点で原因分析を実施することで、パフォーマンスギャップの原因が「研修で解決できる領域」と「教育以外の打ち手が必要な領域」に切り分けられます。

そのうえで、研修が有効な領域に絞って提案する――これが、現場責任者を納得させる提案の出発点です。

現場責任者への教育・研修企画の説明例

❌ NG(手段から語る)
「若手社員のプレゼン能力を高めるため、来月に2日間のプレゼンテーション研修を企画しました。ぜひ現場のメンバーを参加させてください」

⭕ OK(HPIで診断してから提案する)
「若手社員の商談着地率が低いという課題について、まず現場で何が起きているのかを分析しました。10名の若手にヒアリングと商談同席を行った結果、パフォーマンスギャップの原因は3つに整理できました。①顧客の課題を引き出す質問スキルの不足(スキル要因)、②CRMに顧客情報が蓄積されておらず事前準備ができない(ツール要因)、③上司との案件レビューの機会が月1回しかなく軌道修正が遅れる(マネジメント要因)。このうち、研修で解決できるのは①のみです。②と③については、CRMの入力ルール整備と、上司との週次1on1導入を別途ご提案します。研修は①に絞り、『顧客の課題を引き出す質問行動』を身につけるプログラムをご提案します。」

罠①への処方箋のまとめ

罠①への処方箋は、「思い込み」で研修を提案する前に、HPIで原因を分析し、”研修で解決できる領域”と”それ以外の打ち手が必要な領域”を切り分けること。研修は、パフォーマンス改善の全体像の中の一部でしかありません――この視点を持って提案をしてみましょう。

処方箋②――「やりっぱなし」の研修を「投資対効果」で語る

「この前も研修やったけど、あれって効果あったんだっけ?」

ステークホルダーからこう問われたとき、研修担当者が答えに詰まってしまう原因は、効果検証の計画が企画に組み込まれていないことにあります。

研修終了直後の受講者アンケート(満足度)だけで評価が完結する研修企画は、経営層から見ると成果が見えない、ブラックボックスとみなされる可能性があります。

「100万円かけて研修を行い、受講者の満足度は90%でした」という報告では、その100万円が何に化けたのかを判断することができません。

カークパトリックの4段階評価モデルで、測定計画を組み込む

インストラクショナルデザインの理論の一つに、「カークパトリックの4段階評価モデル」という、研修や教育プログラムの効果を4つのレベルで評価するフレームワークがあります。

カークパトリックの4段階評価モデル

研修の効果測定は、上の図にある通り、受講者アンケート(レベル1 反応)や事後テスト(レベル2 学習)だけではなく、その先の行動や結果を測定していくことが重要であるとされています。

レベル4の投資対効果(ROI)を試算した数値を添えることで、経営層は研修企画実施の妥当性を判断しやすくなります。

▼参考記事
研修はテストとアンケートの両方でしっかり効果測定しよう!

ROIの試算方法(例)

たとえば、営業マネージャー向けのコーチング研修に150万円を投じるケースで考えてみましょう。

営業担当者1人あたりの半期売上が2,500万円の会社で、苦戦中の中途営業40名のうち2割(8名)を目標達成レベルに引き上げられた場合、目標未達解消による売上インパクトは概算で400万円規模になります。

投資150万円に対して純増分は250万円。ROIは (400万 − 150万) ÷ 150万 ≒ 166% という試算です。

このROI試算は、あくまで前提を置いた概算値です。研修の効果は、市場環境や現場の運用など多くの要因の影響を受けるため、完璧に正確な数値を事前に出すことはできません。

しかし、概算であっても試算を提示することで、経営層との議論の土台ができます。「この前提は現実的か」「もっと保守的に見積もるならどうか」「達成できたときにどう検証するか」――試算がなければ始まらない対話が、試算があれば始まります。

▼参考記事
トレーニングのコスパを考える!「ROI」という視点

経営層への教育・研修の説明の例

❌ NG(コスト意識で語る)
「今回のリーダー研修の予算は150万円です。他社と比較しても相場より安くなっておりますので、ご承認をお願いします」

⭕ OK(投資意識で語る)
「本プログラムの総予算は150万円です。これを『教育コスト』ではなく、『事業成長のための投資』としてご検討いただきたく思います。苦戦している中途営業40名のうち2割の底上げに成功した場合、半期で約400万円の売上インパクト――ROIにして約166%を試算しています。効果測定は、カークパトリックの4段階モデルに基づき、研修時点のレベル2だけでなく、3ヶ月後にレベル3の行動変容を追跡し、経営会議へデータでご報告します」

罠②への処方箋のまとめ

罠②への処方箋は、「コスト」ではなく「投資対効果」で提案書を組み立てること。試算の粒度は概算で構いません。事業視点で考えている担当者であることを示すことが、承認の分水嶺です。

ROI

処方箋③――単発施策だった研修という「打ち上げ花火」を「日常のプロセス」に埋め込む

どれほど質の高い研修であっても、1回の講義だけで受講者の行動を劇的に変えることはできません。

研修で学んだスキルが職場で発揮されないのは、多くの場合、現場の上司がその研修にネガティブな印象を持っているか、指導方法に迷っているかのどちらかです。

「あの研修、時間の無駄だったよね」と部下の前でつぶやいてしまう上司。学んだやり方を現場で試そうとする部下に、「うちはそのやり方じゃないから」と従来のやり方に戻させる上司。あるいは、部下の育成を任されたものの、「何をどう教えればいいのかわからない」と手探りで指導している上司――多くの現場で見られる光景です。

背景には、上司自身が過去に体系的な育成を受けた経験に乏しく、自身のプレイヤーとしての成功体験を頼りに指導せざるを得ない、という構造的な事情があります。上司を責めるのではなく、上司にも道具を渡す――罠③への処方箋は、この視点から設計する必要があります。

現場の上司からすれば、「研修が終わったので、あとはOJTでお願いします」と丸投げされるほど、負担感の大きい依頼はありません。結果として、受講者の学びは職場に戻った瞬間に立ち消えます。

ルーブリックを “対話の共通言語” にして、1on1に埋め込む

有効なアプローチは、研修の設計前(ニーズ分析)の段階から、現場リーダーに聞き取りを行い、現場で必要な行動を言語化しておくことです。その言語化したものが、ルーブリック(評価指標)になります。

ルーブリックとは、各評価項目と各々の評価基準を明確に定義したものをマトリクス表で示した評価指標です。
教育の中でも主にパフォーマンス系の学習成果を評価する際に用いられ、学習者の理解度や技能の到達度を測り、現状を把握し理解することができます。

ルーブリックを用いることで、研修担当者と現場の上司が同じ物差しを持てるようになり、以下のような研修設計が可能になります。

例)
研修の場で:研修担当者がルーブリックのレベル3(合格点)到達を目標にトレーニングを実施する
現場で:既存の1on1の場で、上司がコーチング的に関わる。その対話の共通言語としてルーブリックを使う

「今回の商談は、この項目のどのレベルだったと自分では思う?」「レベル3に上がるには、次に何をやっていくとよいと思う?」と、コーチング的な関わりの中でルーブリックを”対話の地図”として使うところまで設計して初めて、部下の行動変容が起こります。

逆に言えば、上司のコーチングスキルが十分でないと、ルーブリックはただの評価表になり得ます。

そのため、研修設計と並行して、現場上司のコーチングスキルの現状把握・向上策までを射程に入れることが、罠③を本質的に回避する道筋になります。

現場上司への教育・研修の説明例

❌ NG(現場に丸投げ)
「研修が無事に終了しました。受講生のレポートを共有しますので、あとはOJTでのご指導をよろしくお願いいたします」

⭕ OK(1on1に対話の共通言語を埋め込む)
「研修設計の前段階で、現場リーダーの皆様に『顧客の課題を引き出す行動』の合格水準を言語化していただきました。こちらがそのルーブリックです。研修ではレベル3の到達を目標にトレーニングを行います。研修後は、このルーブリックを、皆様が既に実施されている1on1の場で”対話の共通言語”としてお使いいただきたいのです。ただし、これはチェックシートではありません。コーチング的な関わりの中で、『今回の商談はどのレベルだったと思うか』『次のレベルに上がるには何を変えるか』を部下自身に言語化してもらう――ルーブリックはその対話の地図です。新しい面談枠を設ける必要はなく、既存の1on1の質を上げる設計です」

罠③への処方箋のまとめ

罠③への処方箋は、単発の研修ではなく、既存の1on1の場に、コーチング的な関わりと、対話の共通言語であるルーブリックを埋め込むこと。ルーブリックは、そのための最も実装しやすいツールの1つです。

コーチング

3つの処方箋に共通するのはHPIとID――教育・研修担当者は経営の「戦略的パートナー」になる

3つの処方箋の背景には、企業教育における2つの科学的アプローチがあります。

HPI(Human Performance Improvement)
成果が出ない原因を「個人のスキル不足」に決めつける前に、組織・ツール・環境などを多角的に分析し、教育以外の打ち手も検討する手法。罠①の処方箋の根っこにある考え方です。
インストラクショナルデザイン(ID)
「何を教えるか」ではなく、ビジネス上の成果(レベル4)から逆算して、どんな行動変容(レベル3)を起こすかを設計する教育工学。罠②・③の処方箋を貫く考え方です。

この2つを武器に持てば、人事・研修担当者は「毎年恒例だから」でオペレーションを回す立場から一歩踏み出し、経営層や現場部門長と対等に交渉し、ビジネスを前進させる戦略的HRパートナーへと立ち位置を変えることができます。

「予算がなくて」と言われるのは、多くの場合、企画の設計に原因があります。3つの罠を避け、3つの処方箋を組み込む――それだけで、ステークホルダーの反応は変わってくるかもしれません。

リープ株式会社は、インストラクショナルデザイン(ID)およびHPIに基づき、多くの企業の営業・管理職育成のパフォーマンス評価・研修設計・戦略実行を支援しています。現場上司のコーチングスキルの現状把握・向上策も含め、成果につながる企業教育をご検討の方は、お気軽にご相談ください。


執筆者プロフィール
 
 
 
平林 幸子
リープ株式会社 カスタマーエンゲージメント事業部

主にデジタルマーケティングを担当。
リープ入社後、ゼロからインストラクショナルデザイン(ID)を学び、時々コラムの執筆もさせていただいています。
 
ID初心者の方に寄り添ってご相談に乗れるかと思いますので、お気軽にご連絡ください。
趣味は凧揚げ(季節問わず)。実は少林寺拳法黒帯です。

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