AIで3日間迷走し、自分で3時間で完成した話
「思考の生焼け」という新しいパフォーマンス問題
ざっくりのあらすじ
1. 思考の核がないままAIに任せてしまうと「それらしいアウトプット」だけが出来上がり「思考の生焼け」状態となりがちである
2. 知的技能を鍛えることなくAIを用いた結果起こりがちな「思考の生焼け」は、個人だけでなくチーム全体のパフォーマンスを下げる
3. 「思考の生焼け」を個人の問題として矮小化せず、HPIの観点から「業務プロセスの問題」であることに着目することが重要である
4. 応用的で複雑なパフォーマンスが求められる職務においては、HPIやIDの観点を用いながら「思考を鍛える」ことが必要とされている
白状します。
先日、新しいテーマでセミナーを実施することになり、AIを活用してスライドを作ろうとしました。NotebookLMやGeminiなどを使いながら、業務の合間に3日間。対話を重ね、それなりのアウトプットは出てきたのですが、どうにも使えない。結局、ほぼゼロから自分で作り直し、3時間で完成しました。
自分で作ったほうが、速かった。
これは私の使い方の問題です。そのことは分かっています。
ただ、このとき感じた違和感が、人・組織のパフォーマンス向上を考える立場にいる人間として、ずっと引っかかっていました。
完成した資料と自分の思考の間に、ギャップがあるままの状態で現場に立つこと。
私はこれをAIによる「思考の生焼け」と呼ぶことにしました。

思考の核がないままでは、AIは何も生み出さない
なぜAIのアウトプットは使えなかったのでしょうか。
振り返ってみると、原因は明確です。私自身の中に「何を伝えたいのか」「誰に刺さってほしいのか」「何を論点にしたいのか」という思考の核がないまま、AIに投げ続けていたに過ぎませんでした。核のない問いであっても、AIはそれらしい言葉を返し続けてくれます。情報はすごい勢いで集まり、ストーリーを組み立てスライドまで作ってくれます。しかしいざ話してみようとすると、しっくりこないのです。
インストラクショナルデザイン(ID)の観点で言えば、ここには重要な違いがあります。それは「言語情報」と「知的技能」の違いです。
ゲストスピーカーとのディスカッションやファシリテーションを伴うセミナー講師に求められるパフォーマンスゴールは、綺麗なスライドをつくって、台本通りに話すこと(言語情報)ではありません。
聴講者が関心を持てるようなディスカッションを展開すること(知的技能)にあります。
知的技能——自分の言葉で説明し、状況に応じて構造を組み替え、問いに応答する力——は、AIが作った資料を覚えることでは代替できません。

本来、スライドや進行の構成を検討するプロセスそのものが、この知的技能を鍛える訓練でした。
しかし私はそのプロセスをまるごとAIに委ねてしまい、その結果、完成した資料と自分の思考の間にギャップが生まれました。
これが「思考の生焼け」です。
(参考)知的技能については以下の記事もご覧ください。
「実務スキルの構造化」で人材育成の時間を劇的に短縮する
「思考の生焼け」はチームにも起きている
実はこれは、私個人の失敗談で終わる話ではありません。
弊社のコンサルタントは、クライアントの現状分析から課題抽出、解決策の策定、実行支援、効果検証まで一気通貫で担います。そのパフォーマンスゴールは、綺麗な提案書を作ることではなく、クライアントとのミーティングでディスカッションを進行させることにあります。
提案書を練り込むプロセスそのものが、思考を煮詰める時間です。その思考があってはじめて、クライアントとのやり取りでパフォーマンスを発揮できる状態になるのです。
ところが、AIに投げ込めば提案書の体裁は整います。しかし微妙に辻褄が合っていなかったり、肝心なところが曖昧なまま残りがちです。
そこだけを修正しても、「思考の生焼け」状態でミーティングに臨むことになる——コンサルタントとして十分なディスカッションができない状態です。
ジュニアなメンバーほどその傾向は強く、チームの責任者として悩ましいところです。

問題は「使い方」ではなく「設計」である
ここで重要なのは、この問題を「AIの使い方が悪い」と個人の問題に矮小化しないことです。
本質は、業務プロセスの中に「思考する場所」が設計されていないことにあります。これはHPI(Human Performance Improvement)の観点から言えば、明確に「業務プロセスの問題」です。
現状、弊社での業務を整理するとこのように分けられます。
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この2つの間に、「とりあえずAIに投げてみる」という危険地帯が生まれます。思考の核がないまま支援を入れることで、思考を伴わないアウトプットが量産される領域です。
正解がないとわかっていても正解を求めてしまうのが人間の性で、AIで時間を溶かしながら「思考の生焼け」を起こしてしまうというわけです。
言い換えれば、「本来思考が必要なプロセスに、思考を伴わない支援をひたすら入れてしまっている状態」——パフォーマンス支援の誤設計です。
AI時代に必要なのは「思考を育てる設計」である
AIが出したアウトプットを判断できるだけの思考力が人間にないと、AIを有効に活用できない。これは昨今よく言われるようになりました。
これまでは、議事録をとったり調べ物をする業務の中で、若手社員の思考力が自然と鍛えられる環境がありました。しかしこういった業務はAIに代替されつつあります。そうなると、実務とは別に「AIの活用に耐えられる思考力を鍛える訓練」を意図的に設計する必要があります。
応用的で複雑なパフォーマンスが求められる職務においては特に、AIを使うことと両輪で、「人間が思考するプロセス」を業務設計の中に明示的に組み込む。それがAI時代のHPI/IDが問われる核心だと、私は考えています。
あなたの組織では、AIを使うプロセスの中に「人間が思考する場所」は設計されていますか。AI活用に耐えられる思考を訓練する場面は、つくられていますか。
ちなみに私は、AIを開く前に5分だけ紙に書くことにしています。
リープでは、思考力を鍛えるビジネスアナリシス講座から、自律的な学びを組織に根づかせるグランドデザインまで、インストラクショナルデザインの知見を活かしたトータルなサポートを行っています。ぜひお気軽にご相談ください。
執筆者プロフィール

荒木 恵 リープ株式会社 取締役・インストラクショナルデザイナー
ラーニングデザイナー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning マネージャー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning エキスパート (eLC認定 e-Learning Professional)、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、認定アクションラーニングコーチ、日本評価学会認定評価士、修士(教授システム学)、RCiS連携研究員
著書に「インストラクショナルデザイン 成果から逆算する“評価中心”の研修設計」がある
趣味は温泉・秘湯・マッサージ巡り。(どこかおススメがあれば”こっそり”教えてください!)
教育に関わるデータの活用方法から、データに基づいた教育プランの設計まで、皆さんのお悩みをサポートしますので、お気軽にメッセージください。