それって本当に「研修」で解決すべき問題ですか?

HPI, インストラクショナルデザイン, 人材育成

ざっくりのあらすじ
1. 企業内での社員のパフォーマンス問題における最適な解決策は、必ずしも「研修」とは限らない。
2. Human Performance Improvement(HPI)は、個々のスキルのみならず組織全体の構造を捉える全面的なパフォーマンス改善アプローチ。
3. 社員のパフォーマンスギャップの主要な6つの原因のうち、教育によって解決できるのは1つだけ。
4. 教育担当者にとって、HPIの観点で教育以外の介入策を考慮することこそ、効果的な教育プログラムへの第一歩になる。

企業内で社員のパフォーマンスに何か問題が生じた場合、あなたの組織ではどのように対処されていますか?

「営業担当者が適切なターゲット顧客を訪問していないんだけど、何か研修してくれない?」
「営業担当者が作成する提案資料がいまいちで……提案書作成の良い研修って知らない?」

なぜか「社員の行動を改善する方法=研修」一択になりがちです。
しかしながら、研修は必ずしも最も効果的な解決策になるとは限りません。実際、多くの状況では研修以外の方法で問題を解決する方が効率的です。社員の行動変容を促すには、なんでもかんでも研修に頼るのではなく、より多角的な視点とアプローチが必要になります。
社員のパフォーマンスの問題に対する効果的な介入策を検討する際に役に立つのが「Human Performance Improvement(HPI)」です。

組織全体の構造を捉えるHuman Performance Improvement(HPI)

Human Performance Improvement(以下HPI)は、ATD(Association for Talent Development/人材・組織開発をリードする世界最大の非営利団体)でも推奨されている全面的なパフォーマンス改善アプローチです。これは、単に個人のスキル向上に焦点を当てるのではなく、組織全体のプロセス、環境、構造など多角的な視点からアプローチします。組織全体のプロセスやシステム、構造を考慮し、パフォーマンスの問題の根本原因を特定して解決策を提案する方法です。

また、HPIはInstructional Design(以下ID)との関係性も密接で、IDが教育やトレーニングの設計に重点を置くのに対し、HPIはより広範なパフォーマンス改善を目指します。ATDは、このような包括的な視点を持つHPIを、効果的な人材開発の戦略として推奨しています。

パフォーマンスギャップを生じさせる「6つの原因」で教育以外の介入策を洗い出す!

HPIでは、ビジネスゴールを達成するために社員に求めるパフォーマンス(職務行動)を定義し、ギャップを捉えるところから始まります。社員のパフォーマンスに問題が生じた場合、すぐに研修をはじめとする“教育”を解決策とすることはNGで、パフォーマンスギャップを生じさせている原因分析を行い、原因に応じた適切な施策を選択し、施策実施後は結果の評価を行うというサイクルを推奨しています。つまりはパフォーマンスのギャップ分析と同等に(もしくはそれ以上に!)原因分析が肝になるということです。
パフォーマンスにギャップを生じさせる原因は大きく分けて「環境的な支援と資源」「構造/プロセス」「データ/情報/フィードバック」「スキルと知識」「個人の知的能力」「結果/インセンティブ/報酬」の6つがあると言われています。
多くの社員のパフォーマンスの問題の大半は組織の課題に起因しており(約82%)、個人の課題は全体の約18%に過ぎません。研修が適切な施策になりうるのは6ある原因の内、「スキルと知識」の場合のみです。
これらからも教育以外の介入策を検討する意義をお感じいただけるのではないでしょうか。

<事例解説>製薬会社MRの事例で原因分析から考える「教育以外の介入策」

現場で起きているパフォーマンスの問題に対して「原因分析」を行うと、問題を解決するための施策はどのように変わるのでしょうか?ここでは製薬会社のMR(営業担当者)の事例をご紹介します。
例えば、MRが必要な情報にアクセスできない、適切なフィードバックがない、効率的な作業プロセスが整備されていないなどの課題に対しては、研修だけでは解決できません。こうした問題には、より良いツールの提供、明確なコミュニケーションチャネルの確立、効率的な業務プロセスの設計など、組織的な介入が必要です。
以下に6つの原因に沿った介入策の事例をご紹介します。

<例①> MRが担当エリアの市場環境の変化に合わせた稼働ができない

→環境的な支援と資源の整備
BIツールを導入するなど、担当しているエリアの市場データに簡単にアクセスできるシステムを整備することにより、MRが市場分析を行ったり、日々の稼働を効率的にしたりするためのサポートをします。


<例②> ターゲット顧客を充分にカバーしきれていない

→構造とプロセスの見直し
MRの日々のルーティンやタスク管理のプロセスを見直し、効率化を図ります。時間管理や訪問計画の最適化などが含まれます。


<例③> 医師のニーズに合致したMRの情報提供活動が行われていない

→データとフィードバックの活用
継続的な学習と改善のために、フィードバックのシステムを整えます。例えば、医師からのフィードバックを収集・分析したり、マネジャーからのコーチングを通じて自身のパフォーマンスに対するフィードバックを得ることでMRのアプローチを洗練させることができます。


<例④> 医師のニーズに合致したMRの情報提供活動が行われていない

→スキルと知識の向上
医師面談に必要な製品知識、質問スキルなどのディテーリングスキル育成プログラムを展開します。


<例⑤> リモート環境下において医師への情報提供活動が円滑にできない

→個人の知的能力の開発
リモート専任MRなどデジタル対応が必須の場合、採用基準の見直しを検討します。


<例⑥> やろうと思えばやれる環境・スキルは備えているがMRが実行しない

→結果、インセンティブ、報酬の再考
MRのモチベーションを高めるためには、パフォーマンスを適切に評価し、成果に応じたインセンティブや報酬体系を設定することが効果的です。これにより、MRは自身の成長と組織の目標達成の両方に注力することができます。

こんな風に捉えてみると、あなたが直面している社員のパフォーマンス問題も、研修以外の介入策を検討する余地はまだまだあるのではないでしょうか?

「教育以外」の介入策を考えることが「教育」の成果を出しやすくする

教育担当者にとって、教育以外の介入策を検討することは「自分たちの仕事がなくなってしまうのでは…??」という心配につながるかもしれませんが、むしろ逆だと私は考えます。教育以外の介入策を考えることは、教育のスコープを絞ることに他なりません。これにより、教育研修に関わる人々はより効果的な教育プログラムに焦点を当てる、つまり成果を出しやすくなるということです。
教育は重要な要素ですが、組織内のパフォーマンス問題を解決するためには、教育だけでなく組織全体の構造やプロセスに目を向けることが不可欠です。HPIのフレームワークを用いることで、教育担当者は、教育の範囲を超えた組織的な課題に対処するための戦略を立てることが可能になります。研修プログラムの企画と並行して、組織全体の変革を促進することが、最終的には個々の従業員のパフォーマンス向上に繋がります。
HPIを活用することで、教育プログラムの有効性を高めると同時に、組織全体のパフォーマンス改善に貢献できます。これは教育担当者にとって、ただ知識を提供する以上の価値を創造する機会となります。あなたもHPIの観点をもって組織の課題に取り組んでみませんか?

 

執筆者プロフィール

荒木 恵 リープ株式会社 取締役・インストラクショナルデザイナー 
ラーニングデザイナー (eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning マネージャー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning エキスパート (eLC認定 e-Learning Professional)、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、認定アクションラーニングコーチ、日本評価学会認定評価士、修士(教授システム学)、RCiS連携研究員
趣味は温泉・秘湯・マッサージ巡り。(どこかおススメがあれば”こっそり”教えてください!)
教育に関わるデータの活用方法から、データに基づいた教育プランの設計まで、皆さんのお悩みをサポートしますので、お気軽にメッセージください。

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