学びの格差を引き起こす、自律的な学びのデザインとジレンマ
― 自律的に学べる人は3割!? ―
ざっくりのあらすじ
1. 社員の学び方の技術がスキルとして習得・定着していない状態で放置されてしまうと「社員が自律的に学ばない」状態になる事が多い
2. 自律的な学びには、「自己主導型(SDL)」と、「自己調整型(SRL)」があり、組織で自律的な学びを起こすには「SRLスキル」を育てることが必要である
3. 主体性に委ねた大学事例では、任意課題への着手は三割にとどまり、自ら学びを拡張する層と動かない層の「鮮明な二極化」を浮き彫りにした。
4.自律的に学ぶスキルを社員に身に着けてもらうためには「学びをどこまで支援し、どこから任せるか」をデータに基づき意図的にデザインすることが重要である。
「自律的に学ばない」
「研修や施策に“やらされ感”が蔓延している」
人的資本経営やリスキリングが重要視される中で、「これからは自律的に学ぶ人材が必要だ」と掲げる企業は確実に増えています。
しかし現実には、
- 現場からリクエストされた学習コンテンツを用意しても、ほとんど利用されていない
- 「各自で学んでください」と言った途端、誰も動かなくなる
- 指示がなければ学ばないため、結局は研修部門が何度も声掛けしている
といった声も少なくありません。
このように、「自律的な学び」は一筋縄ではいかないと感じている方も多いと思いますが、実際、どのくらいの人が「自律的に学ぶ」ことができるのでしょうか。
また、どうすれば「自律的に学ぶ組織」にできるのでしょうか。

「自律的学び」を支える2つの学習概念
企業内教育の現場では、「自律的学び」という言葉が便利に使われがちです。
しかし実は、この言葉の中には2つの異なる学習概念が含まれています。
この2つは互換的に用いられることも多く、共通点もありますが、
学習設計の観点では明確に区別する必要があります。
あなたの組織で「自律的に学ばない」という問題が起きている場合、
それはどちらの状態を指しているでしょうか。
① 自己主導型学習(Self-directed Learning: SDL)
自己主導型学習とは、学習テーマ・方法・ペースを学習者自身が選択する学びです。
「何を学ぶか」「どこまで学ぶか」を本人に委ねるスタイルであり、高度な専門性を持つ人材や、学習経験が豊富な層には有効です。
リスキリングや専門職育成の文脈では、この自己主導型学習を前提に「自律的に学べ」と語られることも少なくありません。
② 自己調整学習(Self-regulated Learning: SRL)
一方、自己調整学習とは、与えられた学習の枠組みの中で、自分自身をうまく“調整”しながら学ぶ力を指します。
具体的には、
- 目標を設定する
- 学習計画を立てる
- 実行する
- 振り返る
- 次に向けて修正する
という学習プロセスそのものを、自分で回す力です。
企業内教育の文脈で語られる「自律的学び」は、実態としてはこの自己調整学習を指しているケースが多いと言えるでしょう。
「自律的に学べ」と言った瞬間に、誰も学ばなくなる理由
自己調整学習は、スキルです。
つまり、意図的な設計と経験の積み重ねによって育てることが可能です。
にもかかわらず、
「私たちは自律的に学ぶ組織を目指します」
「これからは各自で学んでください」
と、いきなり介入を弱めてしまうとどうなるでしょうか。
学び方のスキルが育っていない状態で放置され、結果として、誰も学ばなくなる——
これは多くの組織で実際に起きている現象です。
自己調整学習者に向けたチャレンジ:武蔵野大学の事例
この「自己調整学習は育てるもの」という考え方を、教育現場で実践した事例が、武蔵野大学の取り組みです。
近年、日本の高等教育では「大学の学校化」が指摘されています。
本来、自ら問いを立て学ぶ場であるはずの大学が、指示を待つ受動的な「生徒」を量産していないか——。
こうした問題意識のもと、2023年度、全学部から履修可能な必修選択科目において、インストラクショナルデザインの視点から大胆な授業設計が試みられました。
特徴的だったのは、全19章あるテキストのうち、第2週目以降に扱う章を学生投票で決定した点です。
教員が一方的に内容を決めるのではなく、学習の主導権を学生に委ねることで、自己調整学習を促そうとしました。
学生が選んだのは、「学習スタイル」「時間管理」「失敗に強くなる」「学習意欲」「課題にあった学び方」「実践に役立つ学び」でした。
この設計により、学生は単なる受講者ではなく、授業を共に創る当事者へと立ち位置を変えていきました。
自由が生んだ「3割」という現実
しかし、教育デザインが美しければすべてが解決するわけではありません。
ここに、教育工学的な「リアル」があります。
7回の授業で扱いきれない残りの12章は、「任意課題(授業外の自習)」として開放されました。
強制力のない、純粋な主体性に委ねられた学び。
授業で取り扱った「強制力を伴った学び」では8 割以上の受講者が従った一方、主体性に委ねた任意課題に取り組んだのは全体の33.5%にとどまりました。
一方で、取り組んだ学生の平均取り組み回数は4.12回。
自由を与えられた瞬間に、自ら学びを拡張し続ける層まったく動かない層という、鮮明な二極化が生じたのです。
主体性に委ねる設計は、学習者の差を浮き彫りにするという現実も示しました。
◆参考文献:鈴木 克明(2024)
「大学入門教育における主体性に委ねる授業の試み」
日本教育工学会 2024年春季全国大会(第44回大会)
https://researchmap.jp/ksuzuki0120/presentations/45712546
「評価」と「余白」をどう設計するか
本実践では、評価の扱いにも大きな工夫がありました。
学習の過程であるグループワークや事前課題は、あえて採点対象にせず、評価の強制力を最小限に抑えています。任意課題とレポートの質が加点要素となるとシラバスに記載していましたが、それぞれの配点は明らかにしていませんでした。
これは、点数による外発的動機づけではなく、内発的動機を引き出すための意図的な設計です。また、7回で19章すべてを教え切らない「終わらない教科書」は、学びを授業内に閉じ込めず、自学自習へとつなげる余白の設計でもありました。
優れたスキャフォールディング(足場かけ)は、最終的には外されなければなりません。
私たちリープも、日々この課題に向き合っています。
SkillPaletteを通じて学習コンテンツを配信する中で、明確な傾向が見て取れます。
- 「動画を見てください」と指示した研修の事前学習: 視聴率は非常に高い
- 「参考資料です」と置いた発展学習コンテンツ: 視聴率は大きく下がる
「動画を見てください!」と声かけで強制力を強めれば視聴率は上がりますが、やりすぎてしまうと、「自律的な学び」ではなくなってしまいます。
「主体性に委ねる要素」を残しつつ、学びに誘う仕掛けを考えてデザインを調整していますが、足場かけを外すと学べない人が一定数出てくるため、その塩梅を考えるのは、いつもジレンマとの闘いです。

学びの格差を広げないための「自律的に学ぶスキル」
今回の事例は、私たちに根源的な問いを投げかけます。
「やる人はどんどんやる」環境を整えることには成功した。しかし、主体性を発揮しきれない多くの層をそのままにしてよかったのか。もっと「背中を押してあげる(強制力を強める)」べきだったのではないか……。
自律的に学べる人が3割——
これは「少ない」のでしょうか。
それとも、「設計の結果として妥当」なのでしょうか。
自律的学びを推進したいと考える組織は多くあります。
しかし、「主体性に委ねる要素」をデザインに組み込むことが不可避ですが、
ただ介入をやめるだけでは、学びは生まれません。
- 自律的に学ぶとは、何ができる状態なのか
- そのための「自己調整スキル」をどう育てるのか
- どこまで支援(足場かけ)し、どこから任せる(足場を外す)のか
これらを細やかに、かつ意図的にデザインし、そのプロセスをデータで把握する“ラーニングアナリティクス”的なアプローチによる細やかなデザインの微調整が不可欠です。
「社員が自律的に学べない」のは、能力の問題ではなく、単に「自律的に学ぶスキルを学ぶ機会」がなかっただけかもしれません。
リープでは、学び方そのものを学ぶ「MANAKATSU」講座から、自律的学びを組織に根づかせるためのグランドデザインまで、インストラクショナルデザインの知見を活かしたトータルなサポートを行っています。
ぜひお気軽に、リープにご相談ください。
執筆者プロフィール

荒木 恵 リープ株式会社 取締役・インストラクショナルデザイナー
ラーニングデザイナー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning マネージャー(eLC認定 e-Learning Professional)、e-Learning エキスパート (eLC認定 e-Learning Professional)、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、認定アクションラーニングコーチ、日本評価学会認定評価士、修士(教授システム学)、RCiS連携研究員
著書に「インストラクショナルデザイン 成果から逆算する“評価中心”の研修設計」がある
趣味は温泉・秘湯・マッサージ巡り。(どこかおススメがあれば”こっそり”教えてください!)
教育に関わるデータの活用方法から、データに基づいた教育プランの設計まで、皆さんのお悩みをサポートしますので、お気軽にメッセージください。