ラーニングコーチ ~部下の学びを促す戦略的なアプローチ~

インストラクショナルデザイン, コーチング, マネジメント, 人材育成

ざっくりのあらすじ
1. 
コーチングは、ビジネスの世界で積極的に活用されている一方で、「コーチングを実施すれば良い」と手段が目的化してしまっていることも。目的に応じた実施が重要。
2. 
コーチングは戦略的な人材育成と親和性が高く、インストラクショナルデザインの中でも重視される「ギャップ分析とその介入策」という戦略的な思考性そのものである。
3. 
実践においてはコーチングプロセスの“GROWモデル”を意識し、ビジネスの問題解決を部下主体で考えさせることが肝要。

ビジネスの世界においても求められる「コーチング」

日本は欧米に比べ、部下に対する実務スキルの指導や育成の方法が体系化されている企業はまだまだ少なく、OJTは特に「背中を見て学べ」という属人的なタスクとして受け止められているようです。
ただ、このような属人的な指導では、「部下の時間を奪っている」なんてことになってしまう恐れもあり、せっかくのOJTの機会であれば、効果的なOJTを実施したいところかと思います。
OJTの場面で、上長が身につけておきたいスキルとして代表的なものは「コーチング」ではないでしょうか。そこで今回のコラムでは、この「コーチング」について考えてみたいと思います。

そもそも、ビジネスの中で行われる「コーチング」の場面を整理すると以下の図のようになります。

一言で「コーチング」と言っても、これはあくまで手段であって目的ではありません。コーチングはその目的を考えて実施されるべきであり、当然、目的に応じて求められるコーチングの技術は異なってくるものと思います。

私たちは、ビジネスの中で、部下の成長や成果創出のために「コーチング」に取り組むことも求められています。しかしながら、上司部下のコミュニケーションの円滑化、部下のモチベーション維持のための褒める文化の醸成や、時に悩みを抱える部下のためのガス抜きに焦点があたってしまうことばかりで、部下の育成という目的での「コーチング」の時間は意外と確保できていないのではないでしょうか。会社から問われるコーチングの回数や時間に追われ、とにかく「コーチングを実施する」という手段が目的化してしまっているなんて声も聞かれます。

実務スキルを教える人材育成戦略にコーチングを活用する

「コーチング」は、戦略的な現場指導に親和性が高く、業績向上を目指して「部下のスキル向上と成果創出」を期待される上司や指導者にとって有用な人材育成の手段の一つです。効果的・効率的・魅力的な人材育成システムを目指すインストラクショナルデザインにも通ずるものがあります。例えば、日本のインストラクショナルデザイン第一人者でもある熊大名誉教授の鈴木先生も、著書や提供するプログラムの中で、「教えない授業・研修」を考えろとよく投げかけられています。このような方法論とも適合する手段として取り入れたいのが、一方的に教えるのではなく、考えさせる、そんな学習者主体の「コーチング」だと言えます。
そこで、先のインストラクショナルデザインと相通ずる戦略的な指導、人材育成と親和性の高い「コーチングスキル」のフレームワークをご紹介します。

コーチングプロセスとも言える「GROW モデル」
GROW モデルとは、上司が部下を自発的に考えさせ、行動させるための気づきと学びのサイクルを回すコーチングの基本スキルです。
漠然とした目標から向かうべき目標を明確にし、目標に到達するために現状をしっかり把握し、その上で考えうる選択肢を洗い出し、意志を持って取り組むよう、具体的な行動へ促します。これら一連のプロセスを整理し、体系化しているのが GROW モデルです。
このGROWモデルは、インストラクショナルデザインのみならずHPI(ヒューマンパフォーマンスインプルーブメント)の基本の「き」である、ギャップ分析に基づく効率的な学習やその介入策の検討を、まさにコーチングの中で体現するものであり、人材の育成・スキル向上を目指す際、つまりOJTでのコーチング場面にぜひ取り入れたいモデルです。

GROW モデルは 4 つのポイントの頭文字をとっています。

G: Goal(目標・欲しい結果)
R: Reality/Resource(現実/資源の確認)
O: Options(選択肢)
W: Will(意志)※ゴールに向かう意志や、実行責任を果たす気持ち
を表しています。

GROW の流れに沿って対話を進めることで、対象相手(コーチイー)に考えさせる、気づかせることを目的にしており、マネジメントだけでなく、日常的なシーンにも活用できる問題解決のプロセスです。

部下に目標意識とそのギャップ分析の思考性を持たせること、つまり課題の認識と課題解決に向けて部下主体で決めたことを行う、そしてやり切ることで何らかの成長の手ごたえをつかんで、初めて、GROW モデルのサイクルが成立するということになります。
優秀な上司にありがちな傾向として、部下の仕事に対してフィードバックする際に「ここはこういう風にやっておくべきだ」と、自分が成果を出した方法で指導するケースが見られます。しかし、これはコーチングには馴染まない考え方であり、あくまでも部下の主体性を引き出すことにコーチングの意図があります。

 

G:Goal は実現したい目標・理想を明確にすること
ゴールでは、仕事という枠をいったん離れ、まずは指導する相手の「理想の状態」をイメージさせます。
理想の人生を実現するためには、具体的にどのような目標が必要なのかを本人に考えさせるのです。
数値化できる目標の方がフィードバックしやすいですが、個人の人生を一つひとつ数値化することは難しいので、自己評価・他者評価を比較して目標達成に向かっているかどうかを振り返ることもできます。行動を促すうえで目標を明確に定め、認識させることはとても重要です。目標を納得し、理解をしているか、質問を通じて深いところまで浸透させていきましょう。

R:Reality/Resource は現実・状況を把握すること現実の把握/今どのような状態なのか事実を明確にする。
目標・理想に対して、現在はどのような状態なのかを客観的に把握し、原因や阻害要因を探るよう促します。
例えば、「日商簿記 1 級合格」を目標にしているなら、簿記 2 級取得時点で、原価計算と会計学の勉強をどうするのか、具体的なスケジュールまで落とし込まなければなりません。
到達あるいは解決した姿と現実のギャップを明確にし、「どうなれば望ましいのか」という理想の目標をさらに明確にします。
特に、事柄の内容だけではなく、部下の感情を理解・把握することも大切です。部下自身の内側にある資源(成功体験、得意分野、温めていたアイデア等)に気づき、それらを効果的に活用できるように質問しましょう。部下は自ら気づくことで、主体的に動くようになります。
現状と目標のギャップに関して部下が抱いている感情に共感すると、信頼感を得ることができます。

O:Options は選択肢を想像して洗い出すこと
理想を達成するためにどのような選択肢があるのか、ブレーンストーミングを行います。
ブレーンストーミングでは、アイデアに制限を設けずに、思いつくままに選択肢を出させて、その中から現実的かつ重要度の高いものを選ぶよう促します。部下が単独で解決策を講じられなかったのは、マンネリが原因とは必ずしも限らず、他の社員にできていることができない・やっていることを知らないなどの理由があった可能性もあります。適材適所を考える意味でも、その社員にとってどのような事項が課題となるのか、幅広い選択肢を自ら絞り出せるよう促すことが大切です。

W:Will はやるべきことを自ら決断・選択すること
複数の目標が出た段階で、その中から自分がやるべきことを決断するよう促します。
具体的に行動することを約束してもらう形をとり、二人三脚で目標に向かうイメージで見通しを立てます。目標達成のための「具体的な行動計画」を策定し、定めた目標を必ず達成する強い意志とやる気を確認しましょう。「いつまでに、これを実施しなさい」と上司が指示するのではなく、「私は、いつまでにこれをやります」と部下に自分で宣言させ、意欲を引き出すことが大切です。

まとめ

部下の成長は上司の接し方が大きく影響しています。
GROW モデルは上司として意識しておきたい問題解決のフレームワークであり、このような思考性をもって部下とコミュニケーションすることがポイントです。
コーチングという手法を通してコミュニケーションを「双方向(interactive)」「個別(tailormade)」「継続(on going)」化して、部下との仕事の中に組み込み反映させていくのが、運用のキモとなります。
正しく用いて部下のモチベーションをアップさせることができれば、自ら考え行動できる社員が増え、成長スピードが飛躍的に上昇します。

「部下が自発的に行動しない」とお悩みの方はぜひ接し方を変えてみてはいかがでしょうか?

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執筆者プロフィール

堀 貴史 リープ株式会社代表取締役・パフォーマンスアナリスト
一般財団法人生涯学習開発財団 認定コーチ、認定アクションラーニングコーチ、
CompTIA CTT+ Classroom Trainer、CompTIA Project+、創造技術修士(専門職)
パンダやクマ、甘いものが大好きです。みんなに健康を心配されていますが、、、元気です!

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