変化の激しいビジネス環境の中で 仕事を主体的にデザインする ~ジョブ・クラフティング~
ざっくりのあらすじ
1. 「ジョブ・クラフティング」とは従業員が自身のスキル・動機・情熱などに沿って仕事のあり方を変えていくこと
2. タスクのクラフティング、人間関係のクラフティング、認知のクラフティングの3つのアプローチがある
3. 組織の文化や仕組みによっては、ジョブ・クラフティングがうまくいかないことも……インストラクショナルデザインをヒントに解決策を考える
4. 常に変化し続ける働き方をジョブ・クラフティングで主体的にデザインすることで、組織や個人の持続的な成長と発展につながる
VUCAの時代、リスキリングや生涯学習の重要性も声高に叫ばれる中、今の「仕事」や「働き方」をどのように感じていらっしゃいますか?
ご自身の働き方はもちろんのこと、チームメンバーや部下の方々の働き方を気にかけていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
複雑かつ不安定で多様な時代の中で、変化に対応しながらやりがいを持って働くとはどういうことなのか?
その問いの一つの解決策として、今回は「ジョブ・クラフティング」について取り上げてみたいと思います。
従業員の「やりがい」と「創造性」を育むジョブ・クラフティングとは?
ジョブ・クラフティング(Job Crafting)は、「ジョブ=仕事」、「クラフティング=創意工夫して取り組む」という言葉の通り、自分の担当業務の内容ややり方、また仕事上の対人関係や関係性を工夫しながら変えていくこと=自分が行う仕事を再定義することといえます。2001年にエイミー・レズネスキーとジェーン E. ダットンによって提唱された考え方で、単に仕事に対する工夫を指すのではなく、従業員が自ら主体的に仕事のあり方や向き合い方を変えていくこと、それによって仕事を“やらされる”ものではなく“やりがいのあるもの”にデザインしていく活動です。
ジョブ・クラフティングは、以下の3つの主要なアプローチから成り立っています。
タスクの再設計(Task Crafting)
自分の仕事の内容や、担当業務・責任の範囲をあらためて把握し、作業プロセスやその方法に工夫・改善を加えることで、より興味深くやりがいのある仕事にすることを目指します。
リレーションシップの再設計(Relationship Crafting)
同僚や上司、取引先など、仕事上のさまざまなステークホルダーとの関係性やコミュニケーションの取り方を見直し、より協力的な環境を作り出すことを目指します。良好な関係性を築けることによって、仕事に対する充足感、満足感を高めることができます。
認知の再設計(Cognitive Crafting)
自分の仕事に対する捉え方、意識や価値観そのものを変えることで、より意味のある仕事として捉え直すことを目指します。例えば、仕事の目的や影響力を再評価し自身の役割の重要性を見出すなど、個々の業務や仕事全体の意味、目的の捉え方を変えることで仕事への向き合い方が変わり、よりやりがいをもって仕事に臨めるようになっていきます。
仕事に主体性を持って取り組むことが従業員のモチベーション向上につながったり、目まぐるしく変化する時代やその中での仕事のあり方への適応につながったりと(結果、組織への愛着や離職を防止することにもつながります)、ジョブ・クラフティングが仕事や組織に好影響を与えることが見込まれます。
このようにジョブ・クラフティングは、個人の主体性や自己成長を重視する組織文化や管理スタイルと相性が良く、働き方の多様化やワークライフバランスの重要性が高まる現代の労働環境において注目されています。
ジョブ・クラフティングの推進には、上司からの適切な支援があることがより効果的であるとされていますが、とはいえ、“言うは易く行うは難し”ですよね。
ジョブ・クラフティングを推進していくにあたり、どんなことに気を付けるべきでしょうか?
ジョブ・クラフティング推進の障害や障壁と改善のためのアイディア
ジョブ・クラフティングを推進する際には、いくつかの障害や障壁が存在する場合があります。ジョブ・クラフティングを推進するにあたってのハードルと、それを超えるためのアイディアを「インストラクショナルデザイン」をヒントに考えてみましょう!
障壁① 組織文化との不一致
ジョブ・クラフティングは、従来の組織文化や仕組みとの不一致が生じることがあります。組織がヒエラルキー主導の構造や標準化された業務プロセスに依存している場合、個々の仕事のカスタマイズや柔軟性を図ることが難しいかもしれません。その他部下指導の場面においては、マネージャーがジョブ・クラフティングの概念やメリットを理解していない場合、部下へのサポートや柔軟性を提供することが難しくなるでしょう。
また、ジョブ・クラフティングは、従業員と他のチームメンバーや上司とのコミュニケーションと関係性を重視します。しかし、十分な情報共有やコラボレーションのプロセスが確立されていない場合、ジョブ・クラフティングの実践においてコミュニケーションの課題が生じることがあります。
改善のためのアイディア💡
組織が創意工夫に肯定的であるということは、変化、転じて学習にも肯定的であるといえるのではないでしょうか。(こじつけすぎ!?)
まずは組織の環境を「職場が肯定的学習環境(PLE)かどうか見極めるための30の指標」(鈴木 2004)でチェックしてみるとよいかもしれません。
<ご参考>リープの実例を公開!学習環境を整えて、社員のやる気を引き出すコツ
障壁② 評価の課題
ジョブ・クラフティングによって、従業員の仕事の性質や責任が変化することがあります。よって、それに応じて評価基準(場合によってはそれにひもづく報酬体系まで)を適切に見直し、そのときどきの業務や仕組みに対応していく必要が出てきます。組織が柔軟な評価と報酬のシステムを確立していない場合、ジョブ・クラフティングの実践が制約される可能性が出てきます。
また、ジョブ・クラフティングにおいては従業員自身が自分のスキルや特性を把握し、それに基づいて仕事をデザインすることが求められます。しかしながら、従業員が必ずしも適切に自身の仕事やスキルについて自己認識・評価できるとは限りませんし、個々が好き好きに自由な尺度で評価するのも問題です。
改善のためのアイディア💡
人事評価全体の仕組みを都度柔軟に変えていくことは難しいので、スキルの観点であるべき姿を紐解き、評価指標として整えていくことから始めてみるのはいかがでしょうか?
これは、上司と従業員が共通のあるべき姿を持つことができ、上司と部下で目指す方向が食い違った状態でジョブ・クラフティングが推進される(あるべき姿に向かわない創意工夫)状態を防ぐことにもつながりますし、従業員の自己評価にも役立ちます。
評価指標としてしっかりと設計・開発・完成させるのはなかなかハードルが高い場合には、まず目標を設定するところから始めるだけでも変わってくるかと思います。その際は、行動変容につながりやすい目標の立て方をすることがポイントです。
<ご参考>
・成果につながる人材育成システム「スキル評価」
・パフォーマンスの状態を可視化できる評価指標「ルーブリック」
・育成や学習がうまくいかないのは「目標に問題アリ」かも!?
障壁③ リソースの制約
どれだけ組織の文化や評価の体制が整っていたとしても、組織が十分な時間や予算、人員リソースを提供できない場合、ジョブ・クラフティングの実践が制約されることがあります。とくにジョブ・クラフティングでは部下に対する上司の支援が重要視されていますが、現実的には部下の個々の創意工夫に適切に、細やかに、配慮するのはなかなか難しいでしょう。
改善のためのアイディア💡
上司の支援が得られない場合の懸念点として、従業員の取り組みや創意工夫が目指すべき方向とずれてしまった場合、その軌道修正をする機会を得られずどんどん想定外の方向に物事が進んでしまう可能性があることです。
逆にいえば、従業員が一人でも活用できる指針、つまり上司の支援を代替してくれるようなしくみがあれば多くのリソースをかけずにジョブ・クラフティングを推進できるのではないでしょうか。
たとえば、スキル評価やコーチング指導は上司が部下に行うイメージが強いですが、ルーブリックのような評価指標であれば自己評価にも有用ですし、メタ認知的に内省を促すことができる「経験学習モデル」のプロセスを従業員が理解していれば、プロセスに沿って自分自身で振り返りをすることでタスクや認知の再設計にも役立つことでしょう。
「従業員自身が学び方を知っていること」は自律的で自走する組織を実現する一要素となるのではないでしょうか。
<ご参考>
・「学び方」を学ぶ方法
・あなたの部下は、経験を学びにつなげられていますか?
・「部下に自分で“気づかせる”」教え方とは? 上司の負荷を増やさずにできる3つの工夫
変化の時代において、仕事を主体的にデザインする働き方へ
ジョブ・クラフティングは、従業員が自身の仕事を主体的に設計し、より意味のある、やりがいのある職務体験を実現するアプローチです。職場で推進していくには現実問題として様々なハードルもありますが、インストラクショナルデザインをはじめとする人材開発の理論や原則を応用することで、ジョブ・クラフティングの実践を支援し、より効果的な結果を生み出すことができるのではないかと思います。
ジョブ・クラフティングは個人の成長と組織のパフォーマンス向上に大きな効果をもたらすものです。従業員は自身のスキルや興味、動機や情熱に基づいて仕事をカスタマイズし、やりがいを感じながら成果を上げることができます。組織は個々の能力やポテンシャルを最大限に活用し、生産性と従業員のエンゲージメントを向上させることができるのです。
組織や個人にとって持続的な成長と発展の可能性をもたらし、自己成長やスキル向上の機会を提供し、変化の激しいビジネス環境に対応するための柔軟性を養います。また、従業員のモチベーションや働きがいを高めることで、人材の定着率や生産性の向上にもつながるのです。
私たちの職業や働き方は常に変化し続けています。その変化に対応し、自身の仕事を主体的にデザインし、新たなスキルを身につけることが求められます。今回ご紹介した「ジョブ・クラフティング」や“学び方”の理論である「インストラクショナルデザイン」は、このようなニーズに応えるための重要な手法であり、生涯学習の鍵となっていくことでしょう。
組織や個人が積極的にジョブ・クラフティングやインストラクショナルデザインといった人材開発の理論的・学術的アプローチを取り入れることで、より意義深い仕事と成長の機会が生まれます。是非、これらのアプローチを活用し、自身のキャリアや組織の成功に繋げていただければ幸いです。
執筆者プロフィール
月足 由香 リープ株式会社 ビジネスディベロップメント事業部・インストラクショナルデザイナー
CompTIA CTT+ Classroom Trainer、 CompTIA Project+、応用情報技術者 、情報セキュリティマネジメント
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