インストラクショナルデザインをガチで学んでみた~社会人大学院で学ぶID~
リープのコラムではこれまで様々なインストラクショナルデザイン(以下、ID)の理論や実践方法をご紹介してきましたが、そもそもIDを学術的に学ぼうと思ったらどうすればよいか?どこに行けばよいか?というのはご存じでしょうか?
私はリープに入社して1年程経った頃、もっとIDを学ばねばと具体的に学びの場探しを考えるようになりました。
IDを専門的に学べる機関はいくつかありますが、最終的にはやはりリープの一員として、当時すでに社内に何名かの修了生がおり、リープと最も縁の深い「熊本大学大学院教授システム学専攻」への入学を決めました。
リープでは日々皆様にIDについて情報を発信させていただいておりますが、そもそもIDを体系的に、学術的に学ぶとはどのようなことなのか?
何が身につき、どんな変化があるのか?
今回は少しでもそんなイメージが湧くようなコラムを目指して、この春(ようやく)修了に至った私の実体験も振り返りながら「IDを学ぶってどういうこと?」について書いてみたいと思います。
*そもそもIDとは何か?については、こちらのコラムをご参照ください。
大学院での本格的な学びということで大掛かりに見えてしまうかもしれませんが、少しずつエッセンスとして取り入れていただけるように書いたつもりですので、ぜひご覧いただければ幸いです。
熊大とは??
私がIDを学んだのは、熊本大学大学院 社会文化科学教育部 教授システム学専攻(Graduate School of Instructional Systems)、通称『GSIS』です。2006年度に熊本大学大学院社会文化科学研究科の独立専攻(修士課程)として設置されました。「IDを学ぶところ」というイメージが強いかと思いますが(実際そうですが)、IDを中心とした『4つのI』の学習を通して「“eラーニングの専門家”を育てる教育機関」です。
eラーニングの専門家を謳う機関なだけあり、すべてeラーニングで学習します。全国、いえ全世界どこにいても在学できる大学院というわけです。
どんなことを学ぶの?
「教授システム学(Instructional Systems)」は、教育活動やコース・教材をシステムとしてとらえ、科学的・工学的にアプローチする教育研究分野です。
よって、GSISでの教授システム学の学びは、次の4つの“I”を柱に体系的に進んでいきます。
出典:IDを中心とした4つのI | 教授システム学研究センター 熊本大学大学院社会文化科学教育部 教授システム学専攻
参考:博士前期(2022年春以降入学者向け) | 教授システム学研究センター 熊本大学大学院社会文化科学教育部 教授システム学専攻
何(What)を学んだか?:教え方も学び方も学べる
個人的な部分も多くなってしまいますが、具体的にどのような学びがあったのか振り返ってみたいと思います。
IDの実践プロセス
私たちの会社のサービスプロセスはADDIEモデルに沿っていますが、普段の業務だけではどうしても自分の担当している領域(私の場合は主に分析業務です)にスキルが偏りがちでした。
GSISでは科目の受講を通して教材の設計や開発を行っていくので、学習設計の一連のプロセスを学び、スキルとして身につけることができました。
また学んだことをすぐに業務に活かしたり、逆に業務での経験や課題を大学院の学びの題材として取り上げて解決策を考えたりするなど、学びと実務のサイクルの中で実践的に学べたことも大きかったと思います。
ID×ITの知識・スキルの向上
私は前職がシステムエンジニアだったこともあり、学びをいかにITの力で効果的・効率的・魅力的にできるかということに興味があったのでIT系の科目を積極的に選択して受講していました。
企業内教育においては「○○研修を受けさせたい」「eラーニングシステムを導入したい」というように、本来手段である研修やシステムの導入が目的になってしまうこともままあると思います。「研修や指導の目標・ゴールは何か?」「目標・ゴール達成をどうやって評価するのか?」「目標・ゴールを達成するための適切な研修や指導の方法とは何か?」つまり“メーガーの3つの質問”に立ち返りながら(ID設計)、その中でITの技術が寄与できるところはどこなのか?どんな技術をもってそれが実現できるのか?といった知識・スキルについて、LMSを含むWeb技術やコンテンツの標準化技術(SCORM)の学習を通して身に付けることができました。
自分の学び方
GSISでの学びを通して、自分の得意・苦手な分野や成果物の得手不得手、また受講計画の作成やその管理など、「この学びをどう実践していくか」という自分の学び方にも見えてくるものがたくさんありました。具体的には次項に書いていきたいと思いますが、学び方を身に付けることはある意味最強の学びの手法ですので、自分の学び方にひたすら向き合ってきてよかったなと思っています。
参考:「学び方」を学ぶ方法
どうやって(How)学んだか?:安心して失敗できる
アウトプットの積み重ね!
GSISでの学びはとにかくアウトプットの積み重ねです。GSISではeラーニングで履修するということを先に述べましたが、どの科目でも、毎回学んだ内容を掲示板への投稿やレポートとして提出します。掲示板ではほかの学習者と相互コメントをし合い、他者からの観点も入れることで学びがブラッシュアップされていきます。もちろん、先生方からのフィードバックも入ります。
ここで大切なのは、ありきたりですが「失敗を恐れない」ことです。実は私は、はじめのうちは顔も知らない学習者同士で、文字だけでコミュニケーションを取ることに変に気を遣いすぎてしまい「こんな内容じゃだめなんじゃないか?」「書いてみたものの間違っているんじゃないか?」と必要以上に気をもんでなかなかコメントやレポートを投稿できずにおりました。
ですがIDではアウトプットし、失敗することこそ学びです。アウトプットすることで初めて評価ができ、修正ができるのですから。
アウトプットはゴールではなく、アウトプットして初めてスタート地点なのだということを否が応でも(!?)身に付けさせられる……それがGSISでの学びです!
フォーマル・インフォーマルなディスカッション
前項に、ほかの学習者と掲示板で相互コメントをし合うと書きましたが、やはり「他者の視点を入れる」というのは学習の効果に非常に大きな影響をもたらすのだということを改めて実感しました。自分だけでは偏った視点になっていた点を修正できるのはもちろんのこと、GSISではさまざまな業界・職種の方が学んでいるので、多様な背景・文脈の中でのひとの学びを考えるきっかけになりました。
掲示板でのやりとりだけでなく、同期型の授業やミーティングを通して先生や受講者の方々とディスカッションする機会もありますし、私の場合はよく同期入学の方々と集まり話したりしていたので、そういったコミュニケーションの場で学ぶこともたくさんありました。
つまずきの繰り返し……
ここまでご覧いただいて、あたかも積極的に、能動的に、ストイックに学んできたように受け止めていただいているかもしれませんが(え?そんなことないですか?)、実際にはとにかくつまずきの連続でした……。修士課程は通常2年ですが、私はその倍の時間をかけてしまいましたし、落とした単位は数知れず……。仕事と大学院の両立は本当に、想像以上に大変でした。
「キャロルの時間モデル的には、これがきっと私に合った、必要なペースなんだ」と自分を励ましていました。
でもたくさんつまずいた分、「ここで先生や仲間に頼ればいいんだ」「あのときのやり方が参考になる!」とその克服法のストックが増えました。
失敗こそ学び、仲間こそ学び、そして、自分の学び方や学びのペースがある。「自分の学び方」を知られたことは本当に大きな収穫でした。
どんな変化があったか?:学びをメタ認知できる
WhatとHowに書いたことがほぼメインではありますが、入学前と今とで大きく変わったと感じるところも一応書いておこうと思います。
ゴールから考える(パラシュート型の学習)
私は典型的な「積み上げ式に考えるタイプ」でした。教科書はとりあえず最初から読もうとするし、優先順位をつけるのがあまり得意でないのでとりあえず目に留まったタスクをやってしまったり……。
でもIDは「出口から」が基本です。
この出口=目標やゴールを達成するためには何が必要なのかをまず考えるようになりました。
私の場合GSISの在学期間とリープの在籍期間の長さが近しいので、リープで問題解決スキルを学んでいったことも影響していると思いますが、とにかく出口から考えることを繰り返して、俯瞰的に物事を見る力が養われたように思います。
*こういった俯瞰的な学びを「パラシュート勉強法」(1995 野口悠紀雄)といいます。
アウトプットを恐れない(「できない完璧主義」からの脱却)
先の「How」で書いた通り、私は掲示板への投稿やレポートの提出にいつも「これで本当に大丈夫だろうか……」という不安をもって足踏みする傾向がありました。提出もどんどん遅れてしまいやすいのですが、そうしていると結局十分なフィードバックを得る機会を逃したりして、学びの場を最大限活かしきれないことになってしまいます。
学びきれないだけでなく、もう少し一般化して考えてみると、アウトプットが遅いということは業務の面でも様々な支障をきたします。
部下や後輩に指示した資料がやっと出てきたと思ったら想定と違う仕上がりだった……なんてことはよくある事例だと思いますが、出してこない部下や後輩の中には自分だけでやり遂げようと試行錯誤している人、上司や先輩に話しかける勇気がない人など、何かしら「迅速なアウトプットを妨げる要因」がある可能性があります。スキルの問題なのか、マインドの問題なのか、これらを考え見極めるのも実はIDの領域だったりするわけです。
参考:指示や命令でマインドを変えるのは不可能!? 実現可能なアプローチとは?
書いていて自分にブーメランが返ってくるのが痛いところですが、ともかくそういった自分の学びの課題を通して、思考や行動を変えることができたのは事実ですので、恥をしのんでここに共有したいと思います。
自分の変化がわかる喜び
ちなみに先日、日本のインストラクショナルデザインの第一人者である鈴木克明教授にお会いした際にこのあたりのお話をさせていただいていて、「自分の変化がわかるのはすごいことだ」と褒めてくださったのがとても嬉しかったです。
経験学習の内省化や概念化のプロセスもそうですが、今の学びの状態やその問題点をメタ的に捉えられるか否かは成長の度合いに大きく関わります。こうした、自分の学びをメタ的に、俯瞰的に捉えられるようになったのも、GSISでの学びの大きな成果の一つです。
大変長くなってしまいましたが、いかがでしたか?
少しでも「IDを学ぶ」ことのイメージが伝わっていたらよいのですが……!
大学院という大がかりなテーマに、超ロングコラムになってしまいましたが、実際にはIDを取り入れるにあたってここまでがっつりと学ばなくても大丈夫です。
「出口から考える」「アウトプットを大事にする」「仲間やインストラクターとのやりとりを活かす」
そんな基本とポイントを押さえるだけで、見える世界が変わります。
まずは取り入れやすいところから! ぜひトライしてみてください。
今回はIDやGSISについてご紹介しましたが、リープにはIDだけでなく認定評価士、感性工学やユーザー工学の専門家などといった、さまざまな強みをもったメンバーが在籍しています。こうした専門性を組み合わせてお客様にとって最適なサービスをご提供していければと思いますので、もし少しでもご興味を持っていただけましたらご質問などお気軽にお問い合わせいただければ幸いです。
執筆者プロフィール
月足 由香 リープ株式会社 ビジネスディベロップメント事業部・インストラクショナルデザイナー
CompTIA CTT+ Classroom Trainer、 CompTIA Project+、応用情報技術者 、情報セキュリティマネジメント
社内では月ちゃんと呼ばれています。みなさまにもお気軽にお声がけいただけたら嬉しいです!
インタビュー動画も公開しております。是非ご覧ください。